2007/12/21

bonnes vacances...

今日から10日間、高校時代のホストファミリーの家へ里帰りしてきます。

3つのホストファミリーから、「クリスマスは家においで~」って言ってもらったり、
電話口で「もしもし」って言っただけで、誰だか言い当てられたりする私は幸せもの☆
23,24,25と3軒でクリスマスをお祝いしてきます。

久しぶりにパリの喧騒を離れ、家族に囲まれて、羽休め。

私は退屈しないけれど、何せ人口6万人の小さな町。
無線LANもパリのようには通っていないので、ネットからもしばらく離れます。

というわけで、しばらく更新できませんが、
一足お先に・・・I wish you all a Merry Christmas and a Happy New Year!!

←郵便局の前に設置されたサンタさんへの手紙専用ポスト♪

2007/12/19

promenade

課題が重なった3週間も終わり、ようやく冬休みに入りました♪

日本を発ってから4ヶ月、オリエンテーション・授業が始まってから3ヶ月、
恐らく一番長いステップを終えたのだと思います。

後戻りはできないのだから、あとはこの期間に築き上げたものを使ってどこまで行けるか。

・・・冬休みの貸し出し期間を利用して、本を借りたのはいいものの、2週間で8冊も目を通せるかしら。。。

最近はパリの街をよく歩いています。
冬の子には、冷たく澄んだ空気の中を歩くのは気持ちいいものです(笑)

というわけで、
学校からサンジェルマン大通りを通って、サン・ミッシェル大通りへ入り、
ノートルダムの前のクリスマスツリーの眺めながらシテ島を抜けて、
ルーブルへ向かい、さらにテュイルリー公園を横にリボリ通りを抜けて、
マドレーヌ寺院から、シャンゼリゼまで行ったり。

発光ダイオードで青く輝くシャンゼリゼと交わる、並木が赤くライトアップされたモンテーニュ通りに入って、セーヌ沿いをグラン・パレ、プチ・パレの前を歩いて、
アレクサンドル三世橋を渡って、アンヴァリッドを抜けて家まで帰ったり。

学校からサンジェルマン大通りと平行に走るrue de l'universite(=大学通り)という通りを、
国立行政学院(今は政治学院が買い取って工事中ですが)、防衛省、国民議会、外務省の前を通って、アンヴァリッドを越え、エッフェル塔方面にずーっと歩いて夏に行ったquai Branlyの博物館へ行ったり。

そうすると、意外な発見があって面白い。
シャンゼリゼから家も頑張れば歩けることがわかったし、
国民議会はけっこう近くて、学校に行くバスが通る道から、ちょっと北を覗けば、ブルボン宮広場が見えることも判明。
今さら、だけど学校の近くのバス停を降りたところが「ルネ・シャール広場」という名前だったり、
よく行く学校の側のカフェの2階には、「アポリネールが暮らし、息を引きとった場所」というプレートがあったりすることに気づく。

そう、遠回りすると、気づくことはたくさんあるのです☆

2007/12/14

cours annule...

午前の授業が突然休講になって・・・脱力したので(笑)
次の授業は17時からだし、一時帰宅。
余裕ぶってお昼にキャロットライスなんか作ってみました♪

お弁当率の高い学科の友だちと、
キャロットライスの話をしていて、すっごく食べたくなって、
夜中に一生懸命にんじん擂って炊飯器セットしたのが懐かしい。

2007/12/13

innovation SCPO

今週提出の課題の2つはフランス語の授業で自由にテーマを設定できるので、

エッセー:外国に留学するべきか
プレゼン:優先教育地域制度について

というテーマにしました☆

実は2つとも、この学校の現学長の推し進める改革と深く関わっているのです。

①在学期間5年間のうち3年目を全員、留学あるいは企業・大使館でのインターンのために海外滞在にあてる。代わりに1年間に300人近くの留学生を世界各国の提携校から受け入れる。
②「恵まれない」地域の提携校(主に政府の認定する優先教育地域に位置する)対象の特別入試制度を設ける。
という、なんとも大胆なシアンスポの2大改革。

恩恵にあずかっている私が言うのもなんだけど、フランスエリート主義最先端のシアンスポが今さら何を言うって感じで、

最初はどっちも疑問視してたのですが、調べていくうちに、学長の方針に魅了されつつあるという・・・

本人こそHenri IV(パリのエリート進学校:開成、みたいな感じでしょうか)→Sciences-Po→ ENA(国立行政学院といって、後者2つの学校に行くのが政治家の王道)という7区から外に出ない超エリートコースを辿った人ですが、「民主化と多様化」という2大方針は今のグランドゼコールには必要な風なのだと思う。

特に②の導入を表明したときは、学生からも「レベルが落ちる!」と大反対にあったらしいのですが、全員を講堂に集めて説明会を開いて、最終的には説得してしまったらしい。

恵まれているとされる約400校では、生徒の半分以上が社長・幹部クラスの両親を持つ一方で、

恵まれていないとされる約300校では6割以上の生徒の両親は失業あるいは低所得者だったりする。

そういった状況を受けて80年代に作られた「優先教育地域」

20年間この地域に当てはまる学校が増えるだけで、成果をあげられていなかったなか、

2001年にパリ政治学院が突然参戦して、特別入試を始めたというわけです。

なんとパリ政治学院の入学者の81%が社長・幹部・インテリ層といわれる階級の出身だったというくらいだから、やっぱりなんらかの問題があったわけで、

既に7年間で400人近くがこの制度で入学したのは、この学校が変わり始めている証拠なんじゃないかなぁ。

この入試の倍率も10~15%で普通の入試と変わらないし、入学後の彼らの成績も平均的なところをみると、やはり必要策なのだという気がします。

あとはもう少し制度が定着して、内部の学生の発想が変わらなければいけないでしょうけれど。

重役の「若返り」を図って20代、30代の人をバンバン抜擢したり、ディシプリンの改革を行ったり、最近はなんといわゆる郊外に新しいキャンパスを開くと表明してまた議論を呼んでいるそう。

どんどん新しいことを取り入れている現学長ですが、相当能力のある人なんだろうなぁ。

公式blogまであって面白いです。http://richard-descoings.net/

2007/12/11

les indigenes

冬休み前の課題の山も、あと一息。
今週締め切りの課題は特にどれも興味あるので、やり甲斐があります。
というか、調べていくうちにどんどんハマっていきます。
どのくらい面白いかというと、思わず徹夜してしまったくらいw

そのうちの1つが『記憶の政治学』のためのレポートで、
「フランス軍隊の中の旧植民地兵」の記憶の政治について。

つまり、旧植民地がまだフランス領だった頃にいわゆる現地人部隊が宗主国のために闘った件について。
概要は『indigène―現地人部隊(仮)』という映画に詳しいんだけど、
旧植民地の独立後に、フランスはこれらの旧兵士たちに対し
「あなたたちはフランス人じゃないでしょ!」というわけで軍人恩給を凍結、
2001年に国務院が、この措置は人権に反するという判断を下すまで旧植民地兵は貧困に苦しんでいたのです。

ところが凍結していた恩給を支払うとなると数十億ユーロとかかるものだから、
今度は「そんな大量の資金を提供したら相手国の経済に多大な影響を与えかねない」
とかなんとか言って、「各国の生活水準に沿った支払い」という新たな対策を練りだす。

2006年に例の映画が公開されて初めて、
「ジャック、なんとかしなきゃ!」と夫人に言われたシラク大統領が重い腰をあげてようやく
「現在の国籍に関係なく同等の金額」の恩給が保証されることになったのです。

恩給凍結の話は知っていたものの、「生活水準に沿った支払い」っていうのは初めて知って、
衝撃でした。
それだけに、数値的な平等の実現を促した映画の力はすごい、という感じですが、
この映画2005年の暴動のあとに公開されただけあって、
移民系の住民に対して「あなたたちの祖先も『祖国』のために立派に闘ったのだから、あなたたちは歴としたフランス人であり、そのことに誇りを持ってよいのだ」
という側面が強調されすぎている節があるのです。
「現地人部隊」の中には「大好きなフランスのために」行ったのではなく、
家族に送るお金のためや、強制されて入隊した人も少なくなかったわけで。

「植民地支配の肯定的な役割」なんていう法律(その文面自体は削除されたものの他にも似たような内容がいっぱい。。。)が通ってしまうようでは、
地中海の両サイドに共通した記憶が築かれるまでには、まだまだ脱植民地化の道のりは長いなぁと思うわけです。

特にこの記憶は、アルジェリア戦争でFLNに対抗して闘ったアルジェリア人兵harkiに顕著なように、
独立までの一貫した反支配の歴史を築きたい旧植民地側が、これらの兵士をある種「売国奴」として認めない傾向にあったために一層複雑なので、その点でもJamel Debbouzeが断固とした態度で入隊するのを描いた映画には問題が残ってるような気がするのです。

残念ながらこの映画、日本では公開されてないのですが、
今年の私の誕生日に(!)日仏学院で試写会に行ったことを思い出しながら資料室通いしてました。
講演に来てた歴史家Benjamin Storaの記事を参照したりしつつ・・・
1ヶ月かけて準備した甲斐あって、木曜提出の課題を2日前に仕上げました!(別に早くないって言わないで)

2007/12/08

galop

今日は朝からgalopでした。
そう、士官学校で馬術の授業♪

じゃなくて。。。

galop d'essaiというのは、4時間論文を書き続けるというタイプの中間試験のことで、
8時半から4時間、政治思想のテストを受けてきたわけです。


この授業フランス人学生の必修だから、300人くらい受講者がいて、
共通の大講義+各クラス20人くらいのゼミという形式なんだけど、
中間試験の問題は各ゼミの先生が出題。
各ゼミごとに2つずつテーマが与えられていてどちらかを選んで小論を書くというわけ。

ちなみに私の先生の出題は、
1.リベラリズムはイデオロギーか。
2.民主主義の危機について話題にすることはできるか。

他のゼミの課題も合わせて30個くらいのテーマのリストが配られるので、
他にも・・・「何が行為に政治性を持たせるのか」とか「民主主義はリーダーを必要とするか」とか、
「普遍主義とは理想にすぎないのか」とか「民衆とは誰か」。。。


4時間テストって久しぶりに受けたけれど、
抽象的なテーマから具体的な政治問題に引きつけて論文1つ仕上げるにはけっこう短い。
本当は6ページくらい書くんだけど、私は4ページしか書けなかったなぁ。

そういえば4年前に力試しでバカロレアをちょっとだけ受けたときも、DALFのときも、
文章読んで回答だったから4時間あっという間だった。

とはいえ、ずっと頭をフル回転させるだけ集中力を持続するには長いし。。。

(しかも途中の入退室が許されてて、なんと飲み物買って来た子までいて、缶をあける音に教室中に失笑がもれる始末。)


4時間終わって脱力したので、図書館には寄らず、
お昼食べに帰宅しちゃいました。
雨だったけど、途中で買ったバゲットがまだあったかくてちょっと幸せ。


さぁ、これで山場の3分の2は乗り切った!
あとは、レポートと課題図書のレジュメとエッセイとプレゼンだ~あと1週間っ。

2007/12/06

travaux

 

2週間以上してやっと、
ネットが回復しました!!!

思えば1ヶ月くらい何かとトラブルの絶えない部屋でした(笑)

まずは電気がつかなくなって、
次は電気が消えなくなって、(←こんなトラブルかなり貴重w)
最後はインターネットがつながらなくなって。。。

しかも絶対に1回じゃ直らないw

というわけで

before        
 
    ↓
after

2007/12/01

Noël!

      家の前
 
     
 アンヴァリッド交差点の高級カフェ


今学期も後半に差し掛かり、
中間試験シーズン。。。
さらに、クリスマス休暇を前に課題の締め切りが迫り、
年末の忙しさが加わって、

だーっっ

師走の前に徒走って気分です(笑)


しかも11月って30日しかないからー気づけば12月になってるし!
でも12月の訪れに気づかせてくれたのは、
通りのあちこちに建てられたバラック=クリスマス市♪
クリスマス飾り用の小物とか、
食器、本、アクセサリー、絵、家具、レース細工etc.

みんなが誰かのことを考えながら買い物に出かける街は幸せに満ちている。
バラの花を思う王子さまが見あげる星空と一緒。

で、私も夜空を見上げて、同じ空の遠く遠く先にいる大切な人たちに想いを馳せるわけです。
思う人がいるというのは、力になる。
しかもみんな私より頑張ってるんだもん。

special thanks to.......my family☆

2007/11/29

le bonheur de se lever de bonne heure

フランス語で「朝早く」を意味するbonne heureと
「幸せ」を意味するbonheurって発音一緒なんだよね。

今日は朝から電気屋さんが工事に部屋に入るというので、
1限ないのに9時登校。
でも朝の空気は気持ちいいし、
余裕を持って登校すると楽しい。

ちょっと遠回りして、お気に入りの小道を抜けて、パン屋さんをのぞいてみたり、
道を譲ったマダムのお礼の声がちゃんと耳に入ったり、
ホテル・ルテシアの前でクリスマスの飾りつけが始まっていたり。。。

それで、今日はちょっと特別な光景を目にしました。
アンヴァリッドの交差点にある、ドアマンがいるような高級カフェの前に一台の黒塗りの車。
そこには"voiture officielle"=公用車の文字が。
と、前後を挟まれて動き出したその車を3台の白バイが先導し始め、
交差点で白バイに乗った警官が笛を鳴らしながら反対車線の車を全部停止!
公用車が通った後も「ピピーピピー」と鳴らしながら車の前後についていきました。


私が官庁街を通って通学していることもあるけれど
こっちでは街中でよく警官を見かけます。
単なる習慣の違いではなく、やはり目を光らせて立っている警官が通りにいるのはちょっと怖い。

なんだか、国家の暴力を体現する警官の姿を見たようでした。

2007/11/22

energie

疲れて帰ってきたときの強い味方♪



タイカレーのペーストを見つけました。
これなら作るのも簡単だし、
食欲もわくし、身体も温まる。

これで中間試験シーズンを乗り切るぞ。

velib debut!

ストライキが1週間も長引いて、
何かと普段より多く歩かされたので、
ついに、先日噂の自転車サービスを利用してみました☆

今年からパリに導入された、市営の自転車貸し出しサービス。
この夏からパリ中のいたるところに自転車スタンドが設けられ、
同じ色の自転車に乗ってるパリっ子たちをたくさん見かけるようになりました。
話には聞いてたけれど意外に利用者が多いのでびっくり。

保証金となる150ユーロが入った銀行口座のカードを持っていれば利用できるというもので、
最初の30分は無料だし、好きなところで借りて好きなところに返せばよいので、
なかなかうまく機能してるようです。来年にはスタンドの数を倍増するとか。
(といってもいつも自転車がなくなってしまう人気スタンドとか、返したいのに空いているところがないスタンドとか、いろいろ問題はあるのですが)

というわけで家から学校まで、利用してみたわけですが・・・
あんまり乗り心地がよくなかったw

盗難防止でわざとすごく重くしてある自転車で、
パリの石畳は乗りにくいし。。。

まぁ私が選んだ自転車がはずれだった可能性もあるんですが、
自分の自転車が懐かしくなりました。
というわけで、チャリ通はしばらくお預けかも。
淡島通りを漕ぐ日を夢見て・・・

2007/11/18

bon dimanche!

またしても交通機関がストライキをしていて、
お出かけもできないので、
週末は近所でゆっくり過ごしました。

日曜日の午前中の、食料品店の並ぶ通りが好き♪
午後にお店が閉まってしまう前に買い物にくる夫婦や家族連れでいっぱいで、
アコーディオン弾きのおじさんも日曜日だけやってくるから、
そのおしゃべりやら音楽やらでとにかく賑やか。

で、今日はお肉屋さんに行ってみました。
こっちは肉も魚もキロ単位で丸ごと陳列してあるから、一人暮らしの身としてはどうやって買っていいかイマイチわからなかったのですが、
頑張って「鶏モモ肉200g」という買い物をしてみました(笑)
カウンターが高いので、背伸びして、大きな声で注文・・・まるで「はじめてのおつかい」状態w

つるしてある鶏肉を手にして、秤にかけるおじさん
「270gだけどいい?」
って誤差の範囲明らかに超えてる気がしたけど、ま、いいか。

というわけでレシートをもらって、レジで支払い、
さらにカウンターに戻ってチェックのついたレシートと引き換えに品物を受け取る。
個人経営のお店だと、こういう風にレジだけ別になってるところが多いようです。

おじさんの「bon dimanche!=よい日曜日を」という声が、
通りの音楽にやがて溶け込んで、
日曜日はまるで魔法のかかったように穏やかな日に姿をかえるのでした。

と、この通りを歩く日本人の家族を発見。
なんと、中山美穂・辻仁成一家でした。
うちの向かいのレストランで見かけたと思ったら、どうやら近くに住んでるらしい。

2007/11/15

question juive

この学校では貴重な機会にたくさん恵まれていますが、
その1つは授業にときどきゲストが来てくれること。

この前は強制収容所に連行されて奇跡的に生還したユダヤの方が
証言をしに来てくれました。
死体に囲まれて過ごすことになった8歳の少女が見たもの。

先日訪れたばかりの強制収容所のイメージと重なって、
彼女の鮮烈な証言は非常に印象的でした。

なんだか最近はこのことについて考える機会がいっぱい。

翌日偶然見に行った"un secret"という映画の題材もShoahのことでした。
最近放映されたばかりのフランス映画ですが、構成がうまくてなかなかオススメです。

話すという行為が持つ意味は大きい。
特にこの国では、それはアイデンティティの主張に等しいのかもしれない。

黙っていてはアイデンティティは否定されかねない。

授業で証言してくれた方は、ナチスによる殺戮を否定する動きが起きはじめたのを見て、

証言に至ったらしい。

そうした主張の延長線上にあるのか、テレビの政治討論番組でも、スーダンの「孤児」とNGOについての講演会に行ったときも、とにかくみんな、よく話す。
テレビなのに3人くらい一気にそれぞれの主張をぶちまけていたり
講演会ではMSF代表の発言に外務省の担当者がつっかかると、観客がさらに別のサイドから野次をとばすという始末。
フランス人のエネルギーには圧巻。議論が白熱して面白かったです。

2007/11/11

armistice

     
    

11月11日はフランスでは第一次世界大戦の終戦記念日。
凱旋門では朝からセレモニーがあって、
「記憶の政治学」の授業の先生のコネでセレモニーに出席することができました!


写真は招待状と死者を悼む青い矢車菊。
戦場に生えていたポピーと矢車菊。
英国側がポピーをシンボルにしたので、フランスは菊なんだとか。
そういえば、11月に入ってからポピーを胸につけた人をけっこう見かけました。

セレモニーは、協定が結ばれた11時に至るまで2時間くらい、
在郷軍人会、元老院・国民議会の代表、市長を始め各界の代表たちが花束をささげた後
大統領がエリゼ宮からシャンゼリゼを馬に囲まれた車で登場というシナリオ。

初めてのセレモニーに誇らしげなサルコジw
今年は初めてスピーチがあって、
(今まで凱旋門の下で政治的発言をすることに当時の軍人たちが反対していたのが、もう「在郷軍人」にはアルジェリア戦争時の兵士しかいなくなってプレッシャーをかけられなくなったからだとか)
とにかく未来志向=ヨーロッパが強調されていました。
シャンゼリゼはフランス国旗でいっぱいだったけど、凱旋門の下にはEUの旗が並べてあったし、
高校生に「兵士の手紙」を読ませたり、
世代交代ということなのか。。。

それにしてもarmisticeを祝うのに、
軍歌マルセイエーズに起立するのはどうなんでしょうw


ホッカイロまで出して完全防備していったものの2時間屋外で行われるセレモニーは寒い!
というわけで、先生とクラスのみんなで4つ星ホテル・ラファエルのカフェでホット・ショコラをいただいて帰りました★★★★


数年後には、みんな仕事でこのホテルに戻ってくる、らしいw

2007/11/04

voyage

遅くなりました、旅行記です♪

catch up, extra workのための休講とはいえ、
1週間まとまった時間が取れるのは貴重。特に私のようなノン・ユーロピアンはこの機会を逃す手はない!ということで、3泊4日の旅行に行ってきました。

太陽を求めて南へ!
という当初の予定を急遽変更して、
いっそ国境を越えてしまおう、ということでまずは9時間列車に揺られてベルリンへ行きました。

言語がわからないと、どうしても街との距離があいてしまうけど、
それでも前にミュンヘンに行ったとき、かなり好印象だったので、
ベルリンにも期待して行くと・・・

   
期待通りいい街でした♪
宿泊した東側のこざっぱりした雰囲気も心地よかったし、
西側のライトアップされたブランデンブルグ門と飾られたベルリンの壁の明るさも印象的でした。

とはいえ、その明るさを引き立てていたのは、
その前に訪れた灰色の空の下のザクセンハウゼン強制収容所。
電車とバスで1時間くらいかけて到着した収容所の「労働は自由にする」と刻まれた門の奥に広がる巨大な敷地と凍りつくような空気は忘れられない。
言葉にすると陳腐になってしまうので、これ以上は書かないけれど、
死ぬまでに絶対にこの目で見なくてはと思っていたので、行けてよかった。

ベルリンに2泊した後、2年前に駒場に留学していたフランス人の友だちに会いにブリュッセルへ。

まずは途中下車してケルンの大聖堂に入りました。
これはルーアンにも行かなくては☆

ブリュッセルはというと、政治混乱の真っ只中にあって、
街の至るところに統一への意思表示として国旗が掲げてありました。
ちなみにこの国旗、独立を求めるフラマンにとっては不自由の象徴らしいんですが。。。

ドイツで歴史の重みを体感し、
その重みが作り上げたヨーロッパの首都へ行って、
根本となる国民国家が揺らぐのを見て、
グローバリゼーションの発表に思いを馳せながらパリへ帰るのでした。。。

2007/10/30

carte de sejour

手続きの最大の難関:滞在許可証。
申請を始めてから2ヶ月でようやく手に入れることができました!

帰るぎりぎりまでもらえなかったーなんて話も聞いていたから大満足。

戸籍謄本の翻訳に悩まされた日々(merci maman!)
住宅証明がなかなか手に入らず、何度も大家さんに交渉した日々、
壊れていない証明写真機を探して歩き回った日々、
朝早くから特設オフィスに並んで待ち続けた日々、
収入印紙を探しに行って、
授業時間とバッティングしてた健康診断の時間を変えてもらうように
大嫌いな電話をかけ(笑)
顔の見えない怖いおばさまと交渉して・・・

振り返ってみると長い道のりでした。

国境を越えるってこういうことなのね。

新政権になってさらに取得・更新が難化している許可証ですが、
健康診断に行って、
改めて「nation=国民とは何か」という問いに対し、理念を共有するものという解を与えるこの共和国の方針を再認識しました。

フランスに長期間滞在したいなら、
もちろん、フランス語ができなきゃダメで、(説明は全て早口のフランス語、わからなかったらきっとレントゲンのときとか、息しちゃって肺に影映っちゃうでしょうw)
ついでに文字が読めなきゃダメで(視力検査は日本のCとかcとかではなくて、アルファベットを見分ける、単語を読むという検査)

極めつけはレントゲン撮影のための更衣室に表示された
「私たちはライシテ(政教分離)を尊重します」の文字。
恐らくは、男性医師の前で肌を露出することを拒否するムスリム女性に対する注意書きなわけですが、滞在許可証のための健康診断でというところがなんとも皮肉。
つまり、この理念が共有できないならフランスにはいられませんよと言っているわけです。

デモクラシーというのは飽くことなき平等への要求であり、

国家は正当化された力を持つとはいえ、

どうしてもその暴力に違和感を感じてしまうのでした。


2007/10/25

“Paris je t'aime”

パリの華と悪という話をしたけれど、
パリというのは本当に、悪を昇華してしまう、憂鬱を理想へと導いていく力を備えた街だと思う。

私はいつも太陽から元気をもらっているのですが、
パリでは雨の日も石造りの古い街に支えられて背筋を伸ばして歩くことができるのです。

毎日20分くらいかけて歩いて学校に行くのだけど、
その度に、パリにいるのだということを、空から、木々の葉から、建物から肌で感じて、それだけですごく幸せな気分になれるし。

もちろん、パリで生活するということ自体に、私が長い間いろいろな意味を持たせてきたのもあるけれど、それ以上にこの街が発している魅力・・・かつての芸術家たちが祖国を離れ集まったのも理解できる気がします。

一番のお気に入りは、アンヴァリッド(廃兵院)のある広場を抜ける通り。
メトロで家に帰るときは、乗り換えずに1駅早く降りて、ここを歩いて帰るのがいい。
日が暮れるとエッフェル塔もアンヴァリッドも、河岸まで続く大通りも全部ライトアップされていて
最高に美しい。それはもう時が止まるくらいに。

そんなときは思いっきり空気を吸うと、この街の力が体中に満たされていくのが感じられる。


街の人が無視してせかせかと渡るちょっと長い信号も、
景色の中でのんびり待つのが楽しい。
向かい側にはちょうどカフェがあって、壁に新旧2つ並んでついている通り名のプレートは、
まさにこの街の歴史を物語っているかのよう。

「これぞ、パリ」というこの風景をあと何回見られるのでしょう。

2007/10/23

transports paralysés


日本でも報道されていたようだけど、
先週の木曜日からフランスはストライキでした。
前の記事に嵐の前の静けさと書いたけれど、
水曜にパリの華を見たとしたら、木曜は悪?!


ストのために交通機関が完全に麻痺。
しかも、金曜になっても、土曜になっても回復しない。。。
そりゃこんなポスター(stop the strike)も貼りたくなります(笑)

幸い私は学校までは歩けるところに住んでいたのですが、2時間くらいかけて歩いて授業に来た子までいました!ちなみに私の授業は、なんと全て休講・・・私はもともと水曜日に授業がない時間割なので、2連休になって、ちょっと拍子抜けしてしまいました。


こっちの案内って、日本語に訳して考えるとそう見えるだけかもしれないけど、なんか横柄。
メトロの工事で迂回しなきゃいけないときも
「あなたたちがもっときれいな駅を使えるための工事」にご理解ください、みたいなことが書いてあるし、
ストのインフォメーションも
「今から言っておきますが、明日は社会的な運動(!)のために交通機関にかなり支障をきたします」とか。
まぁストライキは権利の行使なのだし、市民として政治に反応を示して当然でしょ、という考えで、
迷惑かけてごめんなさい、なんて発想はないのでしょう。

「日本ではストライキって腕章して働くんでしょ?!」

とフランス人は面白がっていますが、日本ではストライキの禁止されている公務員、
こっちでは、ストライキといえば、たいてい公務員なのです。。。
そういえば、前に留学していた高校のときも、定年の引き上げに反対して公務員がストしていたなぁ。
今回は、年金の給付対象年齢の引き上げに反対しているらしい。


「解決するまで続けるっ!」
とか言っちゃって、何をもって解決と言うつもりなんだろうと思っていたら、

なんと


土曜の夜のラグビーワールドカップ決勝戦に合わせて地下鉄が動き出した!笑

これがフランスという国です。憎めないやつw

2007/10/18

spectacular

政治的な話題が続いたので(といってもここで生活している限りそれは避けられない気がするけど)閑話休題。



今日は念願のオペラ座バレエを観に行ってきました☆
ポスト・ピナバウシュと言われるドイツの若手振付家サシャ・ヴァルツによる『ロミオとジュリエット』
踊るのは、あのオペラ座バレエ団で、曲はベルリオーズだから、オペラとバレエとコンテンポラリーダンスをミックスした作品。
事前にフランスの民放局フランス2のニュースで紹介されていたように、
「斬新だけど美しい」作品でした。

このサシャ・ヴァルツという振付家はフランスの芸術界でも注目されているようで、
私が最初に彼女の振り付けと出会ったのは、コンテンポラリーダンスの作品や制作ドキュメンタリーを集めて放映するというポンピドゥーセンター主催の“video danse”という企画を通して。
この企画が日本に輸入されたときに、その字幕の翻訳作業を手伝ったのがきっかけでした。
シンプルな美しさの中にコンセプトがしっかりと生きている彼女の作品が気に入って、
以来注目していたところを、彼女が代表作の1つを上演するために来日したので、渡仏直前にもかかわらず駆けつけたら、さらに魅了されてしまったのです。

そんなサシャ・ヴァルツが、オペラ座バレエ団(しかもエトワール)を踊らせると聞いたらもう行くしかない!
しかも題目は高校のときフランス語でミュージカルをやった『Romeo et Juliette』☆
またまた大学の割り引きで40ユーロの席が25ユーロになる、というので即申し込んだわけです。

白と黒に色分けされたCapuletとMontaiguを観た瞬間、かなりテンションは上がり、
音楽が挿入されたときは鳥肌もの。
相変わらずシンプルだけど凝った仕掛けで、
古典を上手に扱いながら、みごとに身体性を表現していました。

一番よかったのはRomeoのソロ。
静寂の中にRomeo役のHerve Moreauの姿が美しく映える。

・・・静寂も効果音なのだということを理解できない観客がいるのは残念だけど。

やはりパリは芸術の都だなぁ、次はガルニエ(国立オペラは2つあって、今回行ったのはバスティーユにある新しい方でした)にも行きたいなぁなどと思いをめぐらせながら夜の街を後にしたのでした。
and it was the lull before the storm.....

2007/10/16

immigration

今週末は、最近開館したばかりの「国立移民史記念館」に行ってきました。
朝日新聞でもちょっと話題になっていたようだけど、
この博物館はいろいろと争点の多い場なのです。
実は工事が遅れたために政権が代わってしまったらしく、時期が時期だし、
名前を見ただけでも論争が想像できそうですが・・・


簡単に言えば「移民がフランスにもたらした功績を讃え、国民の移民に対する見方に新しい視点を提供する」ことを目的とした博物館、
発案はなんと1989年の移民2世の市議のものに遡り、
2002年にルペンを破ったシラクが移民系の人々との連帯を示す必要性に駆られてゴーサインを出すまでずっと滞っていたとか。
でも結局開館したのは強硬派のサルコジ政権下だったために、国立の博物館なのに開館セレモニーは行われず、閣僚も訪問せずという結果に終わったのです。
というのも、サルコジは今回「移民と国民アイデンティティ省」なるものを設立していて、
それに対してこの博物館関係者が「蔑視」と抗議して委員会を辞めるといった騒動があって以来
国立であるにも関わらず、この博物館と政府は対立しているわけ。
現政権は、移民の家族にDNA検査を要求する法律を通そうとしてもめてるくらいだし。。。
移民はフランスにとって外的な要素ではなく、もはや内在的なものになっているという意識はまだ薄いのかなぁ。


開館に至る経緯のほかに、もう1つ大きな特徴は、立地。
この博物館が使っているポルトドレ宮という建物は、「植民地博覧会」が開かれたところなのです。
その後そのコレクションを展示するアフリカ・オセアニア美術館に替わり、
その中身がシラクによって新しく建設されたケ・ブランリーの美術館(前述)に移動して
移民史記念館の設立が決まったのです。
植民地博で植民地の成果を展示していたところに、
その責任を問うような移民に関する展示をするということは、
「国家」としてかなり大胆な決断だったのではないかと思います。

フランスの美術館・博物館は、その政治的、教育的機能が全面に出ているように感じられる。
移民史記念館の内容もまだ発展の余地があるけれど、
このような主旨の博物館がこの時期に開館にこぎつけたこと、
そして開館記念で無料公開していることもあって、かなりの列ができていたことだけでも大きな価値があると言えるんじゃないかな。

さて、博物館見学のあとは、サンドイッチを買って近くの公園へ。
湖があって、ヴァンセンヌの森につながる大きな公園で、
天気もいいし、すごーく気持ちがいい。
日向ぼっこしている老夫婦がいたり、犬と子どもとサッカーしてる家族がいたり。
私も友だちとお喋りしながら、のんびり散歩して、時の流れを味わう、絵に描いたような休日でした。

こっちへ来てよく思うのが、人間味が溢れているということ。
そのせいで、不便なこともあるし、見たくないものも見えてしまう。
けれどその方が、効率がよくてきれいすぎる東京よりも、ずっと自然で居心地がいいみたい。
私がétrangère=よそものだということもあるのかもしれないけれど、
ここでは自分のリズムで生きていくことができるのです。

・・・そんなフランスにだけは、効率性を追いかけてほしくないのですが。。。

2007/10/12

histoire

今日は授業のお話。

歴史というのは、切り口によって全く違った見え方をするもので、
いろいろな角度から捉えてみることで、
絶対的と錯覚してしまいがちな景色を塗り替えてみるのは面白い。

例えば政治の近代化、つまり国家の誕生という視点でフランス近代史を見直してみると、

カトリーヌ・ド・メディチの残虐さで知られるサン・バルテルミーの虐殺は、
「プロテスタントに対するカトリックの横暴」ではなく、
カトリック国であるフランスにおいて、王家に最も近いはずの貴族の間にカルヴァン派が普及したことを懸念した国家が信仰による国内の分裂に終止符を打つために行った政策であり、

アンリ4世の寛容な政策として評価されるナントの誓いは、
宗教に関係なく国家理性において国家の下に領邦を据える絶対主義の始まりである、と言える。

なんだか、大学受験の世界史を思い出しました。

さらに、
歴史というのは史実の中から国家が「忘却」と「記憶」に値するものをカテゴライズした後に語られるものだということ。
それって情報操作だよね・・・
でもそれが「政治」なのだ、と言われると閉口してしまう。
アイデンティティが話題になる度にいまだに引き合いに出されるE・ルナンの『国民とは何か』にははっきりと国家が「忘却の政治」に立脚していると書かれているのです。
忘却ー記憶は国家が機能するために必要な政策なのだ、というわけ。
それはまさに国家の幻想的な側面を象徴している現象だと思うのだけど、
「まだ国家に代わるものはないのだから、今国家が崩壊したら困るのではないか」と言われるとやはり閉口してしまうのです。

まぁ説得するより納得する方がよっぽど簡単なのですが、
帰るまでに私なりの視点で誰かの景色を1色でも違う色に見せられたらという密かな野望を抱きつつ。。。
そのためにも一生懸命勉強します。

2007/10/08

nuit blanche


平日はガリガリ勉強して、週末は思いっきり遊ぶ。
これがシアンスポ流。

土曜日は現パリ市長ドラノエ氏が始めた1年に1度の芸術祭。
その名もnuit blanche=白夜!
名前の通りその晩のパリは眠らないのです。
普段の終電から始発の間も地下鉄が無料で運行していたり、
美術館が閉館時間後も無料で特別公開していたり、
街頭には、アーティストが集まって、作品を展示したり、音楽を演奏したり。

そのうえこの日はラグビーワールドカップの準々決勝、フランスvsニュージーランドというビッグマッチだったため、市庁舎前には巨大スクリーンが設置されてさらなる盛り上がり。


しかも、かのオールブラックスに逆転勝ちしちゃったものだから、パリ中大興奮でした☆

そんなわけで私もお出かけ♪

ただあちこちでたくさんのイベントがあるのでなかなか計画を立てるのは難しくて、結局行きそびれてしまったコンサートとかもあったのだけど、

MDM(世界の医師団)の写真展とポンピドゥーセンターに行ってきました。

実はポンピドゥーの美術館に入ったのは初で、日本に来たときに気に入ってた作品ともいくつか再会できて満足。(一目惚れしたジャコメッティの“la Table”は残念ながら見つからなかったけど)

それにしてもやっぱりパリは芸術の都だなぁと感じます。

ちょっと街を歩いてるだけで、面白そうなコンサートや展覧会のポスターがいっぱい。

芸術がエリートのものだった時代は終わった。

コンテンポラリーアートが開かれたものを目指しているとしたら、パリはその先端にあると思う。

それはオペラ座やコメディーフランセーズの方針にも表れてるし、

ただ単に、5ユーロでオペラの立ち見席が手に入ったり、
毎月第一日曜は美術館の入館料が無料になったりすることだって

芸術の開放なんじゃないかな。

白夜のお祭りと、自転車貸し出しサービスのお陰で、来年の市長選でのドラノエ氏の続投が有力視されてるというからすごい。

2007/10/05

privilege

この大学の威力はすごい。

銀行が出張サービスしてくれたことは前にも書きましたが、
滞在許可証も仲介してくれるし、
今日は政府から支給される学生用住宅手当の担当者が出張。

特権はそれだけじゃない。

割り引きサービスの充実っぷり(笑)

ル・モンド紙のネット版がなんと9ヶ月で20ユーロ!1日10円くらいってことです。
他にもル・ポワンっていう政治系の週刊誌とか、エコノミストとかの割り引きも。

この学校の学生が時事に触れることは必須とされます。
それどころか、右派フィガロ、中道左派ル・モンド、左派リベラシオンの主要3紙は目を通すことが推奨されているよう。私なんて3紙読んだら1日終わってしまいそうだけど。。。

とはいえ、日本でもこれはすべきなんでしょうけどね。

もっと印象的なのが図書館。
政治学系の所蔵冊数はヨーロッパ1らしいですが、
それより感動したのは、新聞記事のコーナー。

なんと、トピック毎に何十年分もの新聞記事が全て分類されているのです。

だから例えば「政教分離」について、と検索すれば、
年代順に並んだその記事の束を手にすることができる。
現在その記事をPDF化してる最中だとか。ものすごい作業です。

あるからには活用しなくてはといった感じですが、
特権が集中しているのはフランスのエリート主義を反映しているのだと思うと
自分がその恩恵を受けているのはちょっと抵抗があります。
それでも最近少しずつ変化を取り入れようという動きはあるみたいなのだけど。
昔は貴族が多く住む16区出身の学生ばかりだったのが、
今はパリ以外から「上京」してくる学生も多いし、
なんといってもフランスには珍しく「アファーマティブアクション」として(*フランス語ではこれを「積極的差別」というのです!)教育優先地域に認定されたいわゆる「郊外」出身の学生のために特別入試を実施しているし。
このシステムは導入されてもう何年か経つけれど、初めて聞いたときはシアンスポも大胆な決断に出たなーとびっくりしたものでした。特に近年入試の倍率が急増してるだけに。
以来関係者に会うたびに意見を求めてきたのですが、実際に留学するに至っても評価はまだ定まりません。

ただ1つ言えることは、地域格差の問題があるということ。
特別入試が適用される地区は、ほぼ「パリ郊外」に限られているのです。
この問題は、予備校のない地域の子が、東京の有名大学に入るのが、首都圏の子より難しいかもしれないのと同じで、それなのに疎外されてしまったら、その地域の声は届かなくなってしまう。

稼ぎたい人がもっと働ける社会にする、という新・大統領ですが、
それなら、既に80の収入がある人が90になることよりも、10しか収入のない人が20の収入を得られるような仕事へアクセスできる社会にしてほしいものです。

よいリーダーとはどうあるべきか、さあ木曜までに君主論を読まなくては。
って参考にはしませんけど(笑)

2007/10/02

Début

昨日からいよいよ正規の授業が始まりました。
全体的な印象としては・・・
けっこういい授業が取れたなってことと
やっぱり課題は多そうだなってこと。

心配だった大講義(私はマスプロが苦手なので)は、2つとも
もともと大学院の授業だったものが降りてきたという看板授業で、(しかもフランス人学生は必修)
すごく面白い!!
国際政治や政治思想などのテーマもさることながら、
いかにもフランス的なアプローチを垣間見ることができて、
知的好奇心を刺激されます。

まぁ相変わらずの中華思想、ネオコロニアリズムな感は否めないのですが、
?!って思いながら聞くほうが知的好奇心は刺激されるんだよね。
(そして卒論の材料がいっぱい。。。ねおころころころ)
フランス人エリートの考え方を探るっていうのも、今回の留学の目的の1つです。

少人数授業の方は、
NGOを扱う授業の先生が、世界の医師団(国境なき医師団から分離したNGO、分離の中心となったのは、かのクシュネール氏、現・フランス外務大臣です)の司法局長だったり、
記憶の政治学の先生が、ミッテラン及びシラク政権下のブレインだったりして、
各々が授業にゲストを何人か招いてくれるらしく、貴重な講演が聴けそうです。

とはいえ、楽しみ楽しみ♪なんて言ってられるのは今のうち。。。
今週はどの授業もガイダンスがほとんどだけど、来週からは毎週必読文献があったり、
1学期に各授業1~2回は口頭発表があって、小論を書いて、中間・期末試験があって・・・etc.

要は本腰を入れろってことですね。

授業が全て当たりということは、

つまり

頑張らない理由はないということです。

2007/09/29

tabou

ついにオリエンテーションが終わりました。
序論・本論・結論=3日くらいに感じられた2週間でしたが、
1週目と2週目の差を確実に感じることができました。

1週目に習ったことが2週目には消化できて応用できるようになるっていうのもかなり大きいけれど、
何よりクラスがまとまりだしたことが、授業を活性化させて、
入り込みやすくしたんじゃないかと思う。

後ろから圧倒されてるだけじゃない。
手をのばしてみようという気になる。
絶え間ない刺激に反応してみたくなる。

同じコミュニティに属する人が、違うシチュエーションで会うと交流が深まる、らしい。

だから授業の前後にみんなで学食に行ったりカフェに行ったりしてお喋りをするのも、けっこう重要だったりするのです。

日本では政治・宗教の話は食卓ではタブー視されるけど、そんなタブーもガンガン壊しますw

今日はイラク戦争の話が・・・しかもいろんな立場の国の人がいて、自国政府を擁護したり批判したり、
けっこう意見は食い違うのです。
でも別に決して険悪になるわけではなく、本気の議論はけっこう面白い。

日本では意見が対立するのを避ける傾向にある、
特に政治とか宗教の話は少なくとも食卓ではタブーだよね、
と言っていたら、なぜかそこから宗教の話に・・・ぃゃ、たぶーだってば(笑)

ニーチェのツァラトゥストラを読んで宗教観が一変したという子
家族に反対されながらもプロテスタントに目覚めたという信仰の篤い子
カトリックの教育を受けて育ったものの、あるとき全てに疑問を抱き始めたという子
などなど、各々まったく違うヴィジョンを持っているのだけど、
互いの意見を尊重しながら、自分の信念も熱く語る。
それはすごく豊かな会話でした。
日本ではこういうテーマを奥まで掘ることも、気兼ねなく主張して一生懸命理解しようとすることも珍しかったからなおさら。

それに、そうやって互いの心底に少しでも触れたことで、いっそう親しくなった気がするのでした。

2007/09/28

coup de musique, coup magique!


なんだか気乗りのしない日は、
「今日はベッドの悪い側から起きた」
というメリー・ポピンズの一節を思い出すのだけど、
(そういう日はベッドに悪い側しかないんですが・・・)

車輪が回りだす、
ものごとが軌道に乗り始めるのが感じられる日もある。

たぶんそれは捉え方の問題なのだと思う。
いい予感がすると、余裕がうまれて、小さなストレスも笑って受け入れられるから、
そんな日は、まさに良い側しか存在しないのです。

例によって、気分屋のマダムのご機嫌をうかがいながら、
やっとのことで滞在許可証申請に必要な書類がすべて揃った晩、
私の中のいいスイッチが入ったみたい。
翌朝は頑張って早起きして、朝イチで申請へ。
の前に・・・必要書類のコピーを取ろうとするも、コピー機はタイミングよく2台とも故障中。
(ちなみに大抵2台のうち1台はいつも故障してるw)
ここで重要なのは・・・

笑って流すこと(笑)

通りがかった学生と、まったくしょうがないねーと交わし、
ついでにすぐ上の新聞・雑誌閲覧コーナーにコピー機があることを教えてもらう。

気を取り直してコピー、申請事務所へ。3番目に到着。

学校についてから1時間後(!)には無事申請を終えることができました。
申請だけで1ヶ月近く悩まされた滞在許可証、降りるのはいつになることやら。。。

次なる目的地は別のアドミニオフィス。
ここは学生証を発行してくれるのですが、学生証発行には滞在許可証申請証明が必要、
ところが滞在許可証申請には学生証が必要っていう。ん?
実際は、他の書類が全て揃っていたら学生証はすんなり発行してもらい、滞在許可の申請が終わった時点でその書類を改めて提出すればいいという形にしてもらいました。
というわけで早速追加書類を提出に行ったわけです。
もちろん相変わらずすごい列。
ここで2週間前からフランス式アドミニストレーションに鍛えられた私は、
列を無視して直接窓口に行き、
「これ、学生証発行の際に追加提出を求められた書類です!」
「学生証発行のときって、あなたの担当は誰だったの?学生は7000人もいるのよ!」
「担当者名は知らないけど・・・私の書類に追加していただくだけなんですが。」
「まぁいいわ。」
といった具合で30秒で書類を押しつけて出てきました(笑)
日本ではあり得ないでしょうけど、これがフランス式・・・

図太さを身に着けた自分に感心しながら歩いていると、ばったり会ったクラスの友だちに、
「一仕事終えたって顔してるよ!」
と言われる始末。
滞在許可証は履修登録に次いで最も不安な手続きの1つだったので一段落ついて本当に肩の荷がおりた気分だったのでした。

そのままメトロに乗って楽器・楽譜のお店が集まっているというサン・ラザールへ。
ローマ通りに入ると本当に楽器の看板がいっぱい。
レンタル・チェロの文字を探して片っ端からお店に入り、
「レンタルのチェロありますか?」
「レンタルの条件は何ですか?」
「弾いてみてもいいですか?」
「他のお店と比べてまた戻ってきますね」
を繰り返すこと1時間。。。
このお店を最後にしてお昼を食べながら決めよう、と思って入ったお店で
値段と質、合わせて一番よい条件の楽器をみつけました。
しかも、「これにします」
って決めた後で、「こっちもあるけど、よかったら弾いてみていいですよ」
というので弾くと好みの音色。
同じ条件だったので結局そちらに決めました。
1ヶ月ぶりに楽器に触れられて大満足☆
それにしても楽器屋さんの雰囲気ってどこの国でも似てるから面白い。
デニムのエプロンした30代くらいのお兄さんと、奥からときどきそのお父さんが出てくる、みたいな。

その後CDを買いに例のfnacへ立ち寄りました。
どうやらここが混んでるのは週末に限らないよう。。。
でも、楽器が手に入ることが嬉しすぎてレジ待ちも全く苦にならず。
魔法の杖の一振りで、見える世界の景色は変わるものだなぁと思いました。

最後に再び学校に戻って図書館へ。
シアンスポの学生らしく、ルソーの『社会契約論』を引きながら小論に取り組んで、
授業へ向かいました。
実は前に留学したときも国語の授業で一番最初に扱ったのがルソーの『告白』という思い出があって、
ルソーは幸いなんとなくとっつきやすいのです。
ちなみにテーマは"une majorité exprime-t-elle une force ou un droit?"(多数派は力か権利か)というもの。難しいでしょ?面白いでしょ?笑。
授業は終わったけど、
みなさんのご意見を募集しておりますw

2007/09/25

journee asiatique

一日のうちで好きな瞬間は、
朝晩の雨戸の開け閉め。

中庭に面した窓を開けて外の空気を思いっきり吸ってリフレッシュするのです。

この習慣のお陰で気候の変化、日照時間の変化もよくわかります。
で、総じて涼しくなってきてるんですが、週末はなぜかいつも好天。

パリは曇り空で有名なので、「晴れてるうちに」
そして「宿題の少ないうちに」

出かけなきゃもったいない!

ということで土曜日はオペラ周辺に行ってきました。
この辺りは日本人が多いらしく、
ラーメン屋とかお弁当とか丼ものとか、懐かしいものがいっぱい!

さらに、book offとジュンク堂。

日本語が飛び交ってるのはなんだか不思議な感じでした。

その後fnacへ。
fnacというのは、本、CD、DVDからパソコン、カメラといった電化製品まで揃ってる大きなお店です。
ツタヤ+ビックカメラのフランス版大型チェーンといった感じ。

店員が少なくて、探しに行ってもなかなか来てくれないとことか、
いかにもフランスなんですが、
込み具合は秋葉原みたいでした笑。

夜は恩師PDV先生に光栄にもご招待いただいて、
以前、同じく駒場で教えていたパリ第8大学の先生のお家へ。
久しぶりに本格的フランス風ディナーだなぁーと思いながら行くと、
なんと夫人は台湾の人。
というわけで、食事もアジアン。
春菊とか、かなり懐かしいものが出てきました♪

しかも、パリ8の先生の学生という日本人も一緒だったのですが、
彼女はパリのとらやで働いているとかで、お土産におはぎ!
宇治茶まで入れていただくという。。。

とはいえ、食事中の飲み物はやっぱりワイン。
デザートの前にはちゃんとチーズもいただきました(笑)
しかもこのチーズというのがなんとも貴重なチーズらしく、


虫がいるんです!


チーズの発酵を助ける小さな虫が共存しているんだとか。
といっても見えるか見えないかくらいのすっごく小さい虫で、
食べる前にちゃんとのこのこ出てくるから大丈夫。
これぞ、フランス。らしいです。

そういえば、日本のすごい食べ物といえば、くさやだよね、とPDV先生。
ところが、その場に4人も日本人がいたにもかかわらず、
食べたことあるのは先生だけ。って先生は日本人じゃないけど・・・
これを食べなきゃ本当に日本に馴染んだとは言えない!って何度も食べさせられたらしい(笑)

この場では、なんとも逆説的にそのことが外国性を象徴してしまったわけです。
これってけっこう興味深い現象かもしれない。
などと思いながら、4時間もテーブルを囲んでのお喋りが続く、ここはやっぱりフランスなのでした。

2007/09/20

methodologie

ついにオリエンテーションの授業が始まりました。

!!!

みんな頭良い。

2時間すっごく集中していないと置いてかれる!っていうくらい
すごく刺激的でいろいろなことを学べます。

月曜日に履修登録が終わったばかりで、
私の選んだ授業は興味のあるものばかりとはいえ、
どうやらけっこう大変そうなので この2週間でできるだけ備えたいと思います。

ちなみにオンラインで早い者勝ちという履修登録で私が獲得した授業はこんな感じ。

大講義2h+ゼミ2h
・世界空間(グローバル化を地理的な視点で考える)
・政治的争点 (国際政治)

その他ゼミ2h
・国際関係におけるNGOの位置
・フランスと世界における記憶の政治

・フランス語

1週間7コマだけど、かなり濃い。

しかも私が取った大講義はどうやら二つとも恐ろしいオーラルの試験が待っているという噂。
面接官の前でテーマを引いて、その場で10分間のスピーチっていうやつ。
フランス人でも緊張しまくって泣いちゃう子もいるらしい。。。こわっw

方法論の授業にも身が入ります。
初日に与えられた課題は
"Faut-il avoir peur des crises?" (should we be afraid of crises?)
これについて小論の展開プランと序論を仕上げるというもの。
このタイプのテーマはシアンスポの入試によく使われるのだとか。。。

さあ頭はフル回転。
お陰で日付が変わる前にすっかりベッドの中ですが、
この感覚、好きです。

2007/09/19

l'elysee

私の部屋は、こんな感じ。

これが書斎


これがベッドで


これが朝食の間


噴水のあるお庭を散歩して、


夕食はこっち。



なんちゃって。嘘です笑。

日曜日に特別公開されているエリゼ宮(大統領官邸)に行ってきました!

週末を利用して省庁や大統領官邸、首相官邸など様々な建物が公開されるイベントが毎年行われているのです。だいたいの建物がもともと王室のものだったりして歴史的価値も高いので
毎年どこもすごい列。特にエリゼ宮はやはり一番人気で、私たちも朝1番に行ってもお昼くらいまで待たされました。長いときは8時間待ちとか・・・ディズニーランドよりすごい。

でも今年は初めて庭や書斎などほとんど全て公開されたのでかなり見応えもありました。
午後はHotel martignyという迎賓館のような建物と(ベッドと朝食の間はこっちの写真)
内務省を見学して、最後にチュイルリー公園でファンファーレを聞いて帰りました。

2007/09/17

revitalisation

来週からいよいよオリエンテーション!
ということで今週末はいろいろなことを整理しようと
土曜日は家でゆっくりすごしました。

お昼にぷらぷらパン屋さんにバゲットを買いにいったり、
(そしてフランス人のごとく端っこを食べながら帰ってきたり笑)

部屋の掃除をしたり、
洗濯をしたり、

シラバスを研究したり・・・

最近豪華な外食が続いたので、夜は見よう見まねでリゾットを作ってみました。
  
 

簡単だよ!とか失敗しないよ!って言われても
レシピがないので半信半疑だったんですが、
確かにけっこう簡単においしくできました☆

イタリア米を買ったので、いろいろアレンジしてみようかな。
というわけで充電完了→→→

2007/09/16

les garçons

フランスらしいなぁーって思うことの1つに人々の働き方がある。
日本の「お客様は神様」的な態度とは良くも悪くも全く違って、
働く人の権利が保障されているというか、少なくとも働きながら「楽しむ権利」があるっていうことがよく伝わってくる・・・
というのも、みんなお喋りが絶えないw
それも独り言から店員同士、お客さんに対してまでいろいろ。

ちょっとちゃんとしたカフェやレストランに入ると決まったテーブルに決まったギャルソンがつくから
その人が他の店員さんと喋ってばっかりで呼んでもなかなか来てくれなくて困ることもあるし。

この前は女の子3人で入ったレストランできれいに食べたら
「よく食べたね!」
って言われたり笑。

最近キルトをはいた人をよく見ると思ったら、ラグビーのワールドカップの応援らしいんですが
あるカフェには勝って陽気なスコティッシュたちと
それに乗って騒ぐフランセたちがいっぱいで、
ギャルソンたちも苦い顔。。。
騒ぎに便乗して無銭飲食をしようとしたグループがいて、
ボディーガードまで出てきて大分もめてました。
そこで私たちのテーブル担当だったギャルソンが一言「このテーブルは穏やかでよかった」笑

思わずチップをあげたくなりました。

それにしてもよく喋るっていうお国柄も悪くないと思います。
知らない人に話しかけられても無視!っていう風に育ってきたけれど、
そのことによって削り取られすぎているものもあるんじゃないかと思う。
この国では人が冷たいと言われるパリでさえも、自然なコミュニケーションがある。
メトロの出口では必ずドアを押さえて次の人を待つし、
ちょっとかばんがぶつかっても、振り返って、声にだして“pardon"って言う。
スーパーでも一方的な「いらっしゃいませ」ではなく、お互いに「こんにちは」だし。

というわけでもっとお喋りになって帰ってきても引かないでくださいね笑。

2007/09/11

9.11

日本語のウェブページでは一足先に日付が変わっていて、
この数字を見た瞬間ドキっとした。

この6年間で世界はどんどん手に負えない方向に進展していって
その分私は一生懸命世界を追いかけるようになった。と思う。

そのためのヒントを見つけられるんじゃないかというのが、留学を決意した理由の1つ。
そんなパリでは今日、エッフェル塔の下で「対テロ」の小さな集会が開かれていました。


今日も留学生用のオリエンテーションの企画に参加して、国民議会(=下院)を見学してきました☆
もともとブルボン朝の王宮だった建物をそのまま使っているので歴史的な意味でも見所いっぱいだし議会の記録がいまでも全て手書きで残されていて、一言一句掲載する新聞があるとか、

建物内にあるキオスクにはル・モンド紙が1時間早く配達されるとか、

フランス政治の内部をちょっとだけのぞけて面白かったです。

見学の途中もお仕事中の議員さんたちが忙しそうに行き交ってました。

そういえば7区のパン屋さんにロワイヤルが出現したらしい。

同級生にはド・ビルパンの娘が入るっていう噂だし・・・

やっぱり私はけっこう政界に近いところに来ているのかもしれない。

って物理的に近いだけ?!

2007/09/07

etincelle

突然訪れたヴァカンスを利用して、同じ境遇の友だちと電撃ベルギー旅行!
と思ったのですが、さすがに電撃すぎて断念。。。

でもせっかくなので・・・映画に行ってきました☆
映画化を知ってから、フランスで絶対見たい!と思って来た『ペルセポリス』

イラン革命を生き、現在はフランスに亡命中の女性イラストレータが自伝的ストーリーを描いた漫画を元にしたアニメーション映画なんですが、現代の問題につながる時代背景をすごく身近なものとして追うことができるし、動揺する境遇の中で、しっかりした哲学を貫いている主人公やその家族が素敵で、オススメです。といっても、日本で公開されるかわかりませんが・・・漫画自体は原作フランス語のほかに、確かアラビア語、英語、最近日本語訳も出たらしいので是非。

夜、今度はエッフェル塔の下でピクニック。
東京は台風だというのに、今夜のパリはあたたかくて(と言っても20度いかないけどw)
ライトアップされたエッフェル塔のふもとは明るくて
時の流れを忘れそうなくらい。

あっという間、だけどすごく長い一日を今日も終えて家路につきながら、 ふと顔をあげると街はまだ光に満ちていました。

       

2007/09/06

administration

人が少ない朝イチを狙って、手続きの毎日です。

やることはいっぱい。
社会保障に入って
学生証作って
銀行口座を開いて
滞在許可書を申請して
住宅手当を申請して
奨学金を申請して
定期を作って・・・・・・etc.

それがいちいちたくさん書類がいるし、
1つができてないと、もう1つができなかったり(しかも時々それが悪循環になってたり笑)
窓口はしっかりお昼休みをとるし、
お陰で行列ができるし、
もちろん、なぜか横入りする人もいるし。

でも授業がなくなったお陰で手続きに集中していればいいので
いろいろ効率を考えながら消化していくのは意外と楽しいかもしれない。

しかも、ずーっと隣の人とおしゃべりしながら仕事してる人もいるけど、
基本的には「シアンスポ」に「留学」っていうだけでみんなすごく親切(笑)
銀行なんて学校まで出張サービスがあるし。
さすがエリート主義国。。。東大にそんな力はないだろうなぁw
今日は奨学金の問い合わせでアジアセンターというところへ行ったら
hajimemasite
って言われました!

今晩はあまり時間がなかったので
さっとチャーハンを作ろうと思って、
この前炊いて余った分を冷凍しておいたタイ米を解凍して、
卵とまぜて、
ちょっと味付けを変えてみようとお醤油をかけたら、
あ!卵ご飯じゃん!(笑)
というわけで炒める前に食べてしまいたくなりました。
一応、他の具も混ぜてちゃんとチャーハン作りましたけどね。

2007/09/04

rentree

長ーい長ーい一日でした。
でも、いい一日だったなあ。

今日から留学生のためのオリエンテーションの始まり。
レセプションで朝食が用意されているというので、8時30分に学校へ。
すると、ホールに溢れる人、人、人。しかもみんななぜか背が高い。。。埋もれる私。

まず、自分のフランス語のクラスを探そうと、掲示板を見るも名前がない。
そんなもんですよね、フランス笑。

というのも、クラス分けにはオンラインでフランス語のテストを受けることになっているのだけど、
私はDALFという資格試験を受けていたので、その証書を送って免除してもらってたのです。
が、試験を受けてない人はリスト漏れ。
ちゃんとクラス分けしてくれるよね、って国際電話までしたんだけどね。まぁ驚かない。
だってクラスがわからないーっていう人でまた長い列ができているんだもん。

ということでその列で待つこと2時間近く(笑)
さすがに立ち疲れたけど、そうやって話し相手が増えるからいいことにします。

で、最終的に、学校の人が来て、状況を説明すると・・・
「その資格を持ってるなら、フランス語の授業受けなくていいから、『方法論』(発表の仕方とか)の方だけ参加しなさい。」
と言われ、突然訪れた2週間のヴァカンス♪

フランス語の授業が免除になる資格を持っていたことはわかってたのですが、
それでもヨーロッパから来る留学生は母語との関係で語彙がすごく豊富だったりするし、
とにかく、簡単な授業でもフランス語なら学ぶことが全くないなんてことはないだろうと思って
参加登録をしていたんです。
でも無理なら、ゆっくりアドミニストレーション関係を済ませればいいか、ということで
「受けちゃいけないなら、ちゃんとお金返してね。」
って強調しておきました。ぜったいすぐは返ってこないだろうけど。:p

そんなこんなでもうお昼。
混雑の原因のもう一つは、今回のオリエンテーションをオーガナイズしている学生チームが
観光とかパーティーとか校内ツアーとかいろんな企画を用意していて
その参加登録が必要なこと。

といってももちろん彼らもしっかりお昼休みをとるので、
登録の再開を待って私たちも一息つくことに。

午後はまた長い列を作って参加登録をし、
校内ツアーに参加しました。
その後はそこで知り合った子たちとコーヒーブレイク。
アメリカ、オーストラリア、ノルウェー、イタリア、オーストリア、などなど国籍は様々。
みんなの専攻は何?から
各国の学校制度の話、
携帯会社はどこがお得?などなど
他愛ない話だけれど、なんだかすごく心地よかった。

その後そのメンバーの中から夜のピクニック企画に参加する人で買出しに行き、
わいわい吟味して周った結果、
「フランスっぽく」 フランスパン、チーズ、ハム、ミニトマト、水を購入。
セーヌ川にかかった橋の上でピクニックをしました☆ その名もポン・デ・ザール。
晴れた夏にここでピクニックをするのが学生の定番だとか。
でも言ってみれば道端。通りすがりの人は面白そうに見てました(笑)
川からの風がちょっと寒かったけど、
長かった一日を振り返りながら、セーヌに沈む夕日の眺めは最高でした。

2007/09/02

reparation

今日はずっと行きたかったQuai Branlyに新しくできた美術館に行ってきました。

主な展示物はprimitive art. オセアニア・アジア・アフリカからアメリカに至るまでかなりの数が集めてあって、さっとしか見なかったけれど、
背景文化とかを勉強しながらじっくり周ったらなかなか面白そう。

家からも近いので暇を見つけて通おうと思います。

常設展のほかに、『ベルベル女性のアート』(*写真)と『アフリカにおけるオブジェの修復』
という展示もやっていたのがよかった。

特に後者・・・アフリカでは「修復」というのが1つの重要な行為なんだとか。
オブジェの故障は、同時に社会的な破綻を象徴するもので、
修復の目的は「元通りに使えるようにすること」ではなく、「オブジェに新しい命を吹き込むこと」なんだとか。

だから修復の跡も生まれ変わったオブジェの一部として、わざと見えるようにする。

この考え方、すごくtouchingです。

予想以上に不安になったり、ちょっと弱気になっていたこの頃、
前向きな力の感覚を思い出しました。

来週からオリエンテーションが始まると生活ががらりと変わりそうですが、
原点を見失わないようにしたいもの。

2007/08/31

les fameux proprieters

昨日は疲れてフランス風に22時台にベッドに入ってしまったので、更新できず。
今日はこっちにまで連れてきてしまったレポートの最後にして最大の敵を倒して気分もよくなったところで、半共同生活をしている大家さんについて書いてみます。
というのも、このお金持ちの大家さんのお陰で、私は素敵な地区に家具もネットも揃った部屋を安く手に入れることができているわけですが、キッチンは共同で、やはり他人の家の一角を借りて生活するというのは、慣れないうちはけっこう気を遣うわけです。

で、この大家さんのマダム、パリ気質なのかもしれないけど、なかなかキャラクターも強いんです。
私にフランス語が通じる!ってわかると気を許したらしく、
契約をしながら、自分の兄弟について、仕事について、いろいろ話がとまらない。
母が翌日帰ることを知ると、空港行きのバスが出ているところまで車で送ってあげてもよいとか、
その晩からあなたは一人なのね、じゃあ一緒に晩御飯食べてもいいし、パスタとかあげるわよ、とか
けっこう親切な感じなのだけど、
翌日になってみると(母の見送りは私がするので断ったけど)
夕方から食卓に銀食器を並べるマダム。
ん?まさか一緒に食事って、こんなに歓迎パーティー的なわけないよね?
と思いつつ、マダムの昨日の申し出をどこまで本気にしていいかわからなかったので、
私:「ちょっと買い物に行ってきます」
マダム:「あら?晩ご飯の買い物?c'est tres bien! 私はね、今日ドイツからお友だちが来るのよ」
・・・やっぱり笑。

なんというか、いい人なんでしょうけど、調子がいいというか。。。
そういえば初日もさんざん何日の何時に着くかと聞いておいていざ着いたらいない!
電話してみたら「困ったわねー私いまブルターニュに来ていて月末まで戻らないのよー」とか言うし。
管理人さんに案内してもらって部屋に入ったら
「18日にいらっしゃると聞いた気がするのですが、私はいないので門の暗証番号と管理人さんの連絡先を書いておきます」という手紙が・・・って部屋に入れなかったらこの手紙読めないじゃん。

そんなマダムは自称「親切でcool」
「あなたのために、わざわざテレビのアンテナ買ってきてあげたのよー」
実際それはすごく親切な行為ですけど。親切っていうのは説明されて感じるものではないでしょ。

一方で「でも私の夫はちょっと難しいのよ。いつも仕事で疲れてるからね、わかるでしょう。疲れて帰ってきて、自分の家に知らない人がいるのが嫌なの。だから夫の帰るまでに夕食は済ませてちょうだいね。だいたい20時過ぎに帰ってくるから、19時台に食べてくれればいいでしょ?」という噂のムッシュー。
シアンスポの出身で、経理担当で、話を聞いていても「夫は~は嫌がるの」とか気難しそうな感じなのです。何しろ私はまだ見ぬ彼に追いかけられる夢まで見たという強者。
ところが昨日、18時過ぎに夕食の支度をしていると、なにやら物音が!
なぜかムッシューが帰宅したらしい。
しかも聞こえてくるのは何かをビリビリ破く音。ふ、不機嫌?!
長流米を炊いたり、いろいろ妙な料理を創作中の私は非常に気まずい感じでおろおろ。
と、スーツに眼鏡の紳士が台所をのぞいて
「こんにちは、マドモワゼル」
と声をかけてくるではありませんか。
私:「こんにちは、ムッシュー」
ムッシュー:「うまくいってますか?」
私:「はい!とてもうまくいってます!」
緊張して鸚鵡返しな私。。。立ち去りかけてムッシューは握手までしてくれました。
なんだ、いい人じゃん。

でも後で廊下を通ったらネクタイが投げ捨ててありました。
やっぱりお疲れなんでしょうか。

この夫婦、すっかり読めません笑。

2007/08/29

fin des vacances

引越しと「里帰り」に付き合ってくれた母が帰国。
今日から一人暮らしの始まりです。

地元のスーパーで買い物をして、自炊・・・
銀食器で食事をしている大家さんのマダムには
庶民的な料理に見えたことでしょう笑。

1日目は無事終了。

百科事典に見守られながら賢い夢でも見ることにします。
  

そうそう、“ヴァカンス”中にモンパルナンス墓地にてちゃんとサルトル&ボーヴォワール、ボードレールのお墓参りもしてきました。一年間の文化的な実りを願って。。。
   

2007/08/20

l'appartement

2日目の今日はこれから一人暮らしをすることになるアパートへ。
使えるかはわからないけれど、テレビやパソコンも付いていて
とても居心地の良さそうな家です。
同じフロアに住む大家さんはどうやら伝統的な貴族のよう。。。

その後、学校まで歩いてみました。
官庁の立ち並ぶ通学路です。
学校の隣にはルペンへ投票を!のポスター笑。
近くの本屋でGallimard社の書評をゲット↑↑
こういうことが楽しい。

夕方はクリュニー美術館へ。
高校のときは嫌っていた中世の面白さがわかってきたのは
きっとフランス科の影響。。。

2007/08/17

l'arrivee


12時間のフライトは思ったよりも短く、
驚くほど簡潔な入国審査を経て、
無事パリに到着しました。気温は20℃前後で涼しい模様。