2010/07/28

la distance

生きていくなかで自分が遭遇したいろいろな契機と、
そこから私なりに考えたことっていうのを共有したくて、
ブログをつけることにしたのでした。

その動機が今も有効なので、
しばらく更新できてなかったけど、また再開してみようと思います。
今年はなんといっても論文執筆があるので、そんなに頻繁にというわけにはいかないけど。

もちろんもともとは留学記としての部分が大きかったわけだけど、
結局インターネット空間に載せるものは、私がどこから発信しているか、
読者との物理的な距離は実は関係ない、と思うんだよね。

というか、距離感っていうのは不思議なもので、
人が実際的に認識できる範囲は決まっているわけで、
それを超えたところにあるものは、すべて想像なのだから、
「実際の距離」といっても「近い」とか「遠い」というのは、だいたいイメージにすぎない。

歩いては行けない距離になってしまえば、その感覚は本当に曖昧なものなのに、
「近い」「遠い」という心理的イメージが、実態を持ったもののようについてまわる。

パリにいたとき、ベルリンまで行くのに電車に乗って10時間近くかけたけど、
飛行機に乗ればほぼ同じくらいの時間で東京に戻ることだってできる。
半分の時間でダカールにも行ける!!

もっと言えば、直接知覚されることがなければ、
すぐ隣にあるのも、海の向こうにあるのも、イメージのなかの存在という意味では同じなのだ。

ということは、
イメージのなかの距離(感)はいくらでも操作可能だ、ということだし、
直接的な知覚は特権的なものだ、ということでもある。

それで、よく「世界は狭い」っていうじゃない?
知り合いの知り合いの・・・って5人経由すれば世界中の人がつながる、とか。
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)というのは、
その「つながる」感覚を疑似体験できるのが楽しいんだろうと思う。
でもそれは、あくまで疑似体験であり、つながりを想定するというルールを共有しているにすぎない。
むしろたった1回のクリックを根拠に、その関係は
「いつでも連絡を取ることができる」という想像の世界に永遠に封印されてしまうかもしれない。

友だちに友だちを紹介して、世界を「縮める」感覚を味わって楽しむことがある。
でもSNS上で「つながり」が増えていくと、認識の世界がどんどん広がっていくような感覚を味わう。
だから、「近い」と「遠い」は裏表なんじゃないか。


日仏の授業の帰りに、受付に挨拶をして出るフランス人を見かけた。
「!!!」
初めてフランス語を習ったあの先生ではないか。

特に連絡先を聞いたこともなくて、
でも近況を報告したいとずっと探していたのだけど、
日仏を辞めて帰国したという話で、連絡がつかなくなってしまっていたR先生。

5年も会ってなかったから、
似た人を見つけて、この人?いや違う?と思ってたこともあったのだけど、
ピンと来る感じがそのときとは違って、
それでも帰国したはずなのだから、きっと人違いだ、とか
いや、夏だけ戻ってきてるのかもしれない、とか
でもさっき先生の視界に入ったはずだけど、気づいていなかった、とか
そもそも10年近く前のいち生徒のことなど覚えていないだろう、とか
しばらくぐるぐると考えながら駅まで歩く私。

先生こんな格好してたっけ。
せめてバッグとか覚えておけばよかったな。
7~8年も同じもの使わないか。

でも。
本当に本人であるかどうか、それはそんなに重要な問題なんだろうか。
本人かどうかと、話しかけるかどうか、という2つの問いを結びつける必然性はないんじゃないか?

もし違ったとして、その人は無関係ということになり、それだけで完結する。
もし向こうが覚えてなかったら、それだって自然なことだ。
事情を説明して、駅までフランス語会話をすればいい。

でも、もし本人だったら。
今ここで話しかけなければ、もう二度と同じ偶然には恵まれない可能性のほうが高い。

まさに、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

と思ったらもう私は声をかけていた。
Monsieur, excusez-moi si je me trompe...
私が何も言い終わらないうちに、先生は笑いだした。

その笑顔がとても懐かしかった。

「はじめて会ったとき、君はまだ高校生だったね」
先生はちゃんと覚えていてくれた。

「歳取ったねー」と言って先生はまた笑った。
でもその年月が、先生を認識させてくれたのですよ、と心のなかで私は思う。
だって、自分の知ってる先生に7~8歳足した姿と、前を歩く先生の姿がぴったり重なったから声をかける気になれたのだ。

別れ際に先生は、
「声かけてくれてありがとう。こう見えて僕はシャイだから、自分からは話しかけられなかったよ。」
とおっしゃった。
それがすごく嬉しくて、まるで世界のほうが私に近づいて小さくなったように感じられた瞬間だった。

2009/12/29

prix Nobel

少し前後してしまうのだけど、ここ数週間ほどノーベル賞について改めて考えるような話題が相次いだ。
まず1ヶ月ほど前のル・クレジオの来日。
クレジオはフランスの作家で2008年のノーベル文学賞受賞者だけど、
モーリシャスの出身だったり、お父さんが軍医でアフリカに長く駐在していたり、
自身も中南米に滞在していたりして、franco-français(“純”フランス的というのかな)とは一線を画す作家ということで前から興味を持っていたのです。
今秋に来日の予定がある、との情報を耳にしてから一度話を聞いてみたいと楽しみにしていたところ、
ノーベル文学賞受賞者の対談という企画を見つけて、
応募してみたら運よく抽選に当たったので聞いてきました:大江健三郎とル・クレジオの対談。

私の先生が通訳をするという話だったので、イヤホンをつけて勉強しようかとも思ったのですが、
やっぱり文学者の生の言葉が聞きたいと思ってはずしてしまいました・・・

でも彼のフランス語はとても明晰で、
そして力があった。
本当に言葉の力というものを、実感させられる語りでした。

同世代の二人の対談ということで、
自らの時代をどのように位置づけるかということが共通項として語られていて、
当然、戦争についても言及があったのだけど、

クレジオがインカの格言を引いて
"le vaincu est vaincu, le vanqueur est perdu" (被征服者は制圧され、征服者は失墜する)
よって戦争には負けることしかできない (on ne peut que perdre la guerre) と述べていたのが
すごく印象的だった。

そんな戦争について書かずにはいられなかった、という。
いわく、「多彩性が織り成す世界において、人々が理解し合える場を提供するのが文学である」と。

彼にとって書くことは、内的真実に近づこうとすること。
それがサルトルとはまた別のかたちでのアンガージュマンの仕方なのだ。

そのサルトルは、実は唯一ノーベル文学賞受賞を辞退した人物。
理由はノーベル賞の政治的偏向とか。
1960年代という時代背景は今よりも強かったのだろうけれど、
(サルトルより前にソ連のパステルナークは政府の意向で受賞辞退を強いられているし、
反対に受賞したソルジェニーツィンはソ連国外追放になっている)
やはりそうやって権力構造と闘い続ける姿勢を貫く勇気は立派だと思う。

ノーベル賞の政治性をさらにうかがわせるのは平和賞。
例えばベトナム戦争の終結を理由にアメリカの国務長官が受賞するというのだけでも首をかしげたくなってしまうもの。ちなみに平和賞唯一の辞退者はこのキッシンジャーが受賞したとき、同時にオファーがあったベトナム側のレ・ドゥク・トで、「ベトナムにはまだ平和は訪れていない」と言ったらしい。
平和という概念と政治性を切り離して捉えることができるのかというのは、それだけでとても大きな問題なのかもしれないけれど、私にはレ・ドゥク・トのほうが真の平和を追求する者のあるべき姿に思えてならないのです。

そんなわけでオバマの受賞スピーチには少しがっかりしてしまった。
"the instruments of war do have a role to play in preserving the peace"
「平和を維持する上で、戦争という手段にも果たす役割がある」

アメリカの大統領は何にも先立ってアメリカの大統領であるということか。
アメリカの大統領として彼が推進する平和は、政治的な平和でしかないのかもしれない。
政治的な平和は、戦争のあとに訪れるのか。

オバマの引用するキング牧師やガンディーの非暴力という響きが空虚に感じられてしまう。
ちなみにガンディーは、ノーベル平和賞の内定を数度にわたって固辞し続けたらしい。

ところで、私が対談を聞きに行った11月27日はノーベル賞制定の日らしいのだけど、
奇しくも同じ日に、イランのノーベル平和賞受賞者シリン・エバディさんがイラン当局にメダルを押収されたのだよね。反政府デモの鎮圧を彼女が批判したことへの圧力とか。
そして今度は12月27日の反政府デモに関わったとして彼女の妹が逮捕されてしまった。

でも、こうして当局が圧力をかなり強めているということは、それだけ民衆の動きが無視できないものになっているということで、本当に近々、2月の革命記念日ごろまでに、大きく変わる潜在的な可能性を秘めた社会なんじゃないかというのが伝わってきます。いつか行ってみたいなぁ。

2009/12/07

chasse aux feuilles rouges

授業のない平日を利用して、大学院の友だちと、鎌倉に行ってきました!
目的は紅葉狩り。

思い立ちさえすれば、鎌倉は都心から1時間くらいで着くし、
でも高校のときに遠足で来たことなどを思い出して、ちゃんと非日常を味わうのにちょうどいいところで、
朝乗る電車だけ決めて、あとはほとんど行き当たりばったり、気の向くままに、
お散歩しながら、一日を過ごすという、贅沢な楽しみ方。

ちょうど前日も翌日も雨だったのに、当日だけはすごく天気もよくて、寒すぎず、紅葉はピーク、でも平日だからそこまで混んでいない、という最高の条件でした♪

朝からハイテンションな二人は、
電車の中でも1時間喋りっぱなし笑。
お昼前に着いて、しらす丼を食べながら、作戦会議。

とりあえず鶴岡八幡宮へ。向かうも小町通りで雑貨屋さんに寄り道。
途中で勧誘してきた人力車のお兄さまから名所だけ伺い(・・・だって学生には高いんだもん)
鎌倉幕府の中心だった一帯を周ることに。

①鶴岡八幡宮
②荏柄天神社(学問の神様!)
③鎌倉宮

そしてお目当てはこれ。
④覚園寺


あまりメジャーではないけど、紅葉のピークとネットに書かれていて、写真がとてもよさそうだったので少し中心をはずれて奥まで行ってみたところ、案の定色づきかたが一番鮮やか。
そういえば卒業旅行の京都も嵐山を中心に周ったけれど、こういう少し外れた観光ポイントが好き。

あまりの天気のよさに、ついつい一日中歩いて周ってしまったけど、
甘味処に入って一息。

日も暮れてきたところで、江ノ電に乗り込む。
最後のイベントは、
⑤長谷寺のライトアップ

境内に上の方に登っていくように順路が設けられていて、鎌倉全体の夜景も見渡せたり、
写真にはうまく収められなかったのだけど、ライトアップされた赤が水に映えていたのもとてもきれいでした。

たまにはこうして一日をフルに使って、「いかにも」な気分転換をするというのも、
リフレッシュされて爽快なものです。

2009/11/14

impact asymetrique

詩の授業で、
アレクサンドランという、1行12音節からなる
フランスの定型詩の説明をしながら、

西欧美はシンメトリー
それに対して日本の美はアシンメトリー

ということを先生がおっしゃった。

今まで注意したことなかったけど、
言われてみれば、確かにそうかもしれない。

詩の音節数が偶数か奇数か、から始まって、
書院造の違い棚とか建築様式もそう、
生け花とか盆栽とか、
日本庭園とフランス式といわれるヴェルサイユ宮殿の庭とを比べてみれば一目瞭然。
絵画の構図もそうだし、
音楽も、バッハなんかを想像すれば、やっぱり当てはまる気がする。

私は昔から対称に対する妙なこだわりが時々あって、
こういって伝わるかはわからないけど、
たとえば数字だと約数の多い36とかが好きだし、
図形だったら、立方体とか円とか球とかが好き。でも球を切る類の空間図形の問題は苦手でしたw
定型詩のシンメトリーが見事に解ける瞬間とかすごく快感。

でも、バランスのとれたアシンメトリー、計算された不均衡の美しさは圧倒的にインパクトがあると思う。
新しくなった山種美術館で見てきた速水御舟の構図は秀逸。

いろいろな挑戦的な画法もさることながら、アシンメトリックな構図は抜群に見事だった。

  
『翠苔緑芝』の一部。翠とか緑とかバランスが好き。この画は題材も色合いや質感もなんとなく和洋折衷みたいで不思議な感じ。

 
それに対してこういう純日本画的な作品もあったり。

 
そしてなんといっても、墨色の牡丹花。

今月は久しぶりに音楽会、展覧会、映画、シンポジウムと感覚を解放できて満たされました♪

2009/10/18

danse de la cigale

アリかキリギリスか、といったら
私は断然アリ派。
ということは随所で言ってきた気がしますが、
というか、いろんな局面でスタンスの違いを考えることがあって、
もちろん少しずつニュアンスのずれはあるのだけど、だいたいこの「アリ」性に落ち着くのです。

それはたとえば
短期集中に対してコツコツ(・だらだら)型ということであり、
optimaiserに対してmaximaiserということ。

optimaiser/maximaiserというのは、
ある商品を買うとき、前者は気に入ったと思ったものに出会ったらその場で買うタイプ、
後者は一応他のお店も見てから決めるタイプ。
要するに前者の見なかったお店には、もっといいものがあるかもしれない、ないかもしれない。
もしあったら前者はちょっと損。なかったら後者が他のお店を周った分の労力を損する。

で、私は当然後者。
買い物なんかの場合は、ときどきoptimaiserになってみようと思い切ってみたりもするのだけど、
そういうときに限って後でよりいい(気がする)ものを見つけたりして後悔するから、
結局次からまたmaximaiserに戻ってしまう。
でもそれは結局optimaiserにはなれていないということなのだ。
だってoptimaiserはきっとその場で満足して、他の商品を後で見つけても、それについて新たに検討して、自分の選択を振り返る、ということはしないはず。

短期集中型であれ、optimaiserであれ、この「キリギリス」タイプに共通するのは、
潔さ、あるいは思い切りのよさ、だと思う。
そしてそれはそのまま人生観に反映される。
反対に「アリ」タイプは、冒険をしない、無難で、保守的な生き方といえる。
もちろんそれは一つの価値観であり、選択であって、一概に評価を下し得るものではないと思うのだけど。

で、アリ派でありmaximaiserである私は、
いろんな可能性を全て検討したうえで判断しないとなんとなく気がすまなくて、
つい先々のことを把握したいと思うのです。
だって、「あのときここまで考えなかったから、今これができない」ってすっごく悔しくない?
今準備しておけば可能性が拡がるのだから、そうしなくちゃもったいない、と思うわけ。

だけど

先のことはわからない。
そんなの今考えても仕方ないよね、と、ふと思うこともある。
特に外国に行くとそう。
(たとえばフランスの事務手続きとか)思うように行かないことのほうが多いから、
流れに身を任せようという気になれる。

そして、そこには違う時間の流れや生活のテンポというものがあることに気づく。
そうやって流れに乗ってみないと見えないこともあるのだ。

それに、
立派な船を作って航海に備えることも大切だけど、
長い間波に乗っていれば、荒波が来るころには、乗り越える技が身についてるかも。

今自分が考える「先」には、今とは違う自分が立っているはずで、
そのときの自分は、今の自分の基準では図れないものを持っているのだから、
それこそ、今の基準で路を敷いて可能性の幅を規定してしまっては、もったいないじゃない。


気の向くままに、足を運び、新しい小路を抜けてみる。
久しぶりにパリの自由な空気に触れて、そんな生き方を思い出したのでした。

東京のリズムが速い、というだけではない。
外国にいると自ずと捨象されているような情報も、すべて入ってきてしまうから、
雑念が多すぎて、惑わされまいと、つい身構えてしまうのだ。

ときどき、肩の力を抜いて風通しをよくすることを忘れないようにしなくては。

2009/08/24

L ou S

8月23日っていうのは特別な日。
7年前のその日、私は初めてフランスに旅立ったのでした。

もちろん前哨戦はあったし、
留学の半分は、渡航前の準備と帰国後の消化にかかってるって習ったのもこのときだったけれど、
2002年8月23日に私が踏み出した一歩は、確実に新たな道を拓く最初の一歩だった。

あれから7年の間、
いろんな出会いと別れを繰り返し経験してきた。
そして、2009年8月23日、また一人成田からパリに向けて旅立ったのでした。
それは7年前の私とは反対に、1年の留学を終えて帰国の途についた友だちL。

Lと初めて出会ったのは、留学先の大学の「留学フェア」で、日本から来た留学生が自分たちの大学の紹介を行っているブースに、Lが話を聞きにきたときだったと思う。
「また聞きたいことがあったら、いつでも言ってね」と大学のメールを順に書き出していると、
私の名前を見て、「君か」というL。
偶然にも、Lは、大学のlanguage exchangeシステムに応募していた私のペアとなる相手だったのです。

そんなわけで、Lは私のフランス語を、私はLの日本語を添削、補助することになり、
最初は時限を決めて勉強していたのだけど、
そのうち普通の友だちになって、立ち話したり、ご飯食べたり、遊びにいったりしながら、
普通の会話で「これってどういうこと?」と素朴な疑問攻撃をしあったり、
「ちょっと読んでくれる?」といって課題を見せ合ったりするようになったのでした。

Lは日本に興味を持っているだけに、どことなく波長が日本的で、
それで仲良くなれたのだと思っていたけれど、実はそうではなかったかもしれない(!)
よくよく思い出してみると、私たちはlanguage exchangeというきっかけを通して、
けっこういろんなことを話していた。
私が課題で書いたエッセイなんかを見てもらうことも多くて、
なぜ留学するのか、というようなテーマの文章を見せたとき、
「そんなこと考えてたんだねー」
と言いながら、半年後に控えた自分の留学の意味を考えたりしていたっけ。
私が興味を持っているテーマの話も、
同じような分野を専攻している子とは、ある程度自明のこととして敢えて議論にならないし、
そうじゃない子は「難しいことやってるね」とか「問題山積してる分野でしょ、がんばって」とどこか他人事で、フランス人学生とあまりちゃんと話したことがなかったのだけど、Lは一生懸命聞いてくれた。
未知の領域に飛び込んでみようとする感覚が似ていたのかもしれない。
Lは穏かではあるけれど、視野を広げようという意志をひたむきに持っている子で、
だから仲良くなれたんじゃないかと今は思う。

そして実はちょっと不器用なところも似てるような気がする(笑)
でもLはとても友だち想いで、その思いやりが私にはちゃんと届いてるのです。

帰国前日、留学先の京都から東京にやってきたLは、私にお土産(?)をくれました。
それは・・・耳かき(笑)
なぜ耳かきか、というのはちゃんと経緯があるのですが、長くなるので割愛するとして・・・
とにかくその思い出の品を「買わずにはいられなかったんだ」という言葉に、なんだかとても感動したのでした。

2009/06/05

L'art de vivre

久しぶりに通訳のアルバイト。
日仏でやっている"L'art de vivre"をテーマにしたブックフェアをやっている関連で
来日したフランス出版国際事務所というところのお手伝いをするというものだったのですが、
いろいろな手違いが重なって、なぜか急遽シンポジウムの通訳をすることに。。。

ほとんど関係者だけとはいえ、公衆の面前で、
しかも仏→日ばかりか、日→仏の両方向の通訳をすることになってしまい、
あー先生ごめんなさいって感じでした(> <;)

それはそうと、内容はなかなか面白かった。
L'art de vivreというのは、生活の中、日常の芸術というような意味で、
料理、観光、モードetc. さまざまな分野に見られるセンス、知恵のようなもの。
これってきっとどこにでもいろいろな形で存在している文化なのだと思うけど、
こういう表現が定着してることを考えても、フランスはやはりすごく意識的といえる。
どんな生き方をしたいか、とか
自分の生活の中にどんな芸術性を見出すことができるか、とか
そういったことにこだわりを持つというのが、ごく自然なこととして浸透している気がするのだ。

それで、いわば生活に彩りを添えるようなことを専門とした企業の人々と
出版社がどのような形でコラボレーションできるか、ということをテーマとしたシンポジウムだった。

・・・というか、実は企業と出版業界のコラボ―たとえば企業がスポンサーになって出版した本に広告を挟む、ロゴを印刷するとか―がテーマになっていただけなのだけど、扱っていた分野がl'art de vivreだったので、この分野を扱うということ自体を前景化して考えてみたわけ。
参加していたのは在日フランス系企業だったのだけど、在日フランス系企業といって思いつく限りの企業が参加していた、という感じで、要するに、日本でいうフランスのイメージはl'art de vivre的な文化だということでしょう。

でも逆にl'art de vivreに敏感なフランスで注目されてるのは、日本の生活習慣の芸術性。
たぶん私たちは普段意識しないけれど日本的な風習というのはたくさんあって、
たとえば「禅=ZEN」の心といったタームが流行っているのも、フランス人がそこに芸術性を見出しているからなのだ。

というわけで、日常の中に芸術性を追究するフランス的な生き方に魅力を感じる日本と、
日本の風習の芸術性に新しい可能性を感じるフランスの文化交流の1つの通路は「生活」にあるのかもしれない。
ただし、生活の中の芸術は、それが日常に溶け込んでこそ魅力を持つわけで、
あまりに豪華で浮いてしまうような、単なる贅沢、であってはいけない。
日本でいうフランスのイメージは、ハイソなものに傾倒しがちな気がするけれど、あくまで「日常」の中にある芸術を「見出す」というところが人生の楽しみ方なんじゃないだろうか。
教養というのも、そういうものなんだと思う。