2009/02/28

sahara

初のサハラ行きがついに実現しました。

といってもsahara japonais
・・・千葉県佐原市(正確にはサワラと読む)に日帰り旅行。
(もっと正確には、最近市町村合併で香取市になったらしい。)

パリから京都に留学中の友人が、
春休みに東京に数日滞在するというので、
旅行を企画。

当初は様々な候補地が挙がっていたのだけど、
結局日程・予算などの関係で、東京近郊に日帰りで行こうということになり、
生協の本屋でガイドをめくっていて見つけたのがこの佐原。

ガイドで見るまでほとんど知らなかった利根川水郷地帯。
小江戸と呼ばれる昔ながらの街並み、重要伝統的建造物が保存されている地域で、
伊能忠敬ゆかりの地らしい。

朝日暮里を出発、京成線にゆられて成田からJRに乗り換えようと歩いていると、
「成田山」の文字が。
というわけで、さっそく予定を変更して(笑)まず参拝。

かなり広い境内で、
遠足に来ていた幼稚園児がちょろちょろかわいい。
ちょうど梅も見ごろでした。

気を取り直してJR乗車。
佐原について、お昼は鰻。この辺りの名物なのかな。
実は生まれて初めて白焼きを食べました。

建造物、街並みを見ながら散歩するも、小雨にあたり、
寒さしのぎに伊能忠敬記念館へ。

地図の精密さ、というより、作業の細かさ、緻密さに圧倒されました。
正確な測量というだけで「すごい人なんだなあ」と幼心に思ってたけど、
その工程を改めて追ってみると、そんなもんじゃない。
半端ない几帳面さは、見ていて気持ちいいくらいで、
でも私だったら恐らく県1つ分くらいで飽きてしまいそうな緻密な作業を、
徹底的にやりぬいた根気はけっこう感動的でした。
しかも測量に行ったの70歳くらいだったような。。。

というわけで留学生は伊能忠敬さまの偉大な存在を知ることのできた有意義な旅となった模様。

東京に戻って、地鶏鍋をみんなでつついて、
満足な一日となりました。

次は半年後・・・

2009/02/20

humanisme

少し前になるけど、ヒラリー・クリントン長官が東大でタウン・ミーティングをやるというので、
半信半疑で参加させてもらった。

半信は、滅多にないであろう機会だということ。
半疑は、果たして何か聞き出せるのだろうかということ。

聞き出せるのか、というのは
最近内面的な部分ばかり見ていた自分が表出するものにどこまで反応できるのかというのもあるし、
「市民との対話」を希望したというクリントンが戦略を超えてどこまで語りうるものなのか、というのもあった。

結果としては、やはり大体において予想通り、という感じで、
しかも私の中のアメリカのイメージすら反映した答弁だったのだけど、
それでもさすがに彼女のオーラ、パフォーマンス技術はかなり秀でたものがあって、
それに触れられただけでも行ってよかったと思わせるくらいのものがありました。

院試の直後だったこともあり、
答えられない質問はこうやって交わすのかーとか(笑)

正義に対する信念がけっこう圧倒的だったり。
(これはオバマが就任演説のときに言った「世界に対するアメリカの責任」みたいな発言に対するものと同じ種類の違和感を私に抱かせるのだけど)
・・・違和感、というのは、「責任」「正義」という語の背後にある自負心に対して、
要するに、うぬぼれのようなものを感じるということ。

責任を引き受けるということは、その能力を前提としているわけだし、
正義に関しては、信念を持って突き進むことは力、だけど、裏を返せば、
その影響力を省みずに力を振り回すことに抵抗を感じずにいられるのか、疑問。


もうひとつ気になったのは、「女性」という側面。
彼女自身はそこまででもなかったけれど、受け入れ側(某総長)も、学生も、
「女性」という側面を強調しすぎていたような気がして、
そうやって「女性」としてしか見られないことを、本人はどう思っているのだろうと気になったりした。

彼女が大統領夫人として名声をあげた節があるというのもあるし、
gender equalityがまだまだ確立されていない世の中において、
彼女の活躍は貢献であることは確かだろうけれど、
なんというか、女性「なのに」(女性の「くせに」)活躍してすごいね、と上から言っているみたいで、
じゃあ彼女の功績は、それが男性の手によるものだったら同等の価値はないのだろうか。

たとえば私が何か、私にしかできないことを成し遂げたとして、
それは性別も含めてあらゆるアイデンティティを持った私にしかできないことだったかもしれないし、
そのことは私にとってはとても大切なことには違いないのだけど、
私だったらそれを、一人の匿名の人間として評価されたいような気がする。

様々なアイデンティティは無数にあって、
性別でも国籍でも、そのグループ化という行為は本質的に多少の誤差を避けられない。
おそらく共通項はただ1つ、人間であること、だけなのではないか。
学問というのは、その人間に関する探究なのだと思う。

ヒューマニズム宣言。
院試を終えたばかりの3人の会話を思い出した。

物語の主人公が異性でも、そこに自らを重ね合わせることはありますか?

2009/02/10

bolero

半年くらい前から予約してあったバレエの公演。

私がパリにいる間に行こう行こうと思っていたら訃報が舞い込み、
そのことであっという間にチケットが完売してしまった振付師ベジャールのバレエ。
その追悼公演でシルヴィ・ギエムがボレロを踊る。


しかしこれは貧乏学生が格安チケットで当日訪れるパリの公演じゃあないから、
お子さまなんぞはお呼びでないわけ。

まして私は院試を控え、お留守番を申しつけられる。
はず・・・だったのですが、

急遽父が仕事で行けなくなり、代わりに私が行けることに。
いい子にしてると(してなくても)いいことあるね笑。

お父さま、お仕事がんばってらしてね☆薄情娘

というわけで、久しぶりの舞台♪
暗闇に映える舞台中央の真っ赤な丸い台。
ボレロの最初のpをいくつも重ねたあの静寂の緊張感が伝わってくる。

繰り返される動きと、それに少しずつ加えられていくヴァリエーション。
音楽と照明と踊りのソロと群舞、
4種類が反復と変化が重なって1つの空間がつくりあげられ、進行してゆくさまは実に見事で、
クライマックスまでぐいぐい引き込まれていった。

ボレロを作曲したラヴェルもすごいと思ったけど、
それに振り付けをしてしまったベジャールもやっぱりすごい。
 (怖い顔と子猫のミスマッチ、最高)

いい舞台を観た直後いつも感じるような、魂だけ舞台の上を浮遊している感覚か、
あるいは、むしろ舞台上の鼓動が私の中に入りこんできたような、
妙な一体感を覚えた。

生の舞台は肌で感じるものがあるのがいい。
舞台芸術の魅力はやはり、その身体性なのではないか。
正確には、精神を身体が媒介するという構図が刺激的なんじゃないかな。

2009/02/04

culture

文化と政治の関係っていうのは、
いつからだろう、たぶんその両方に興味を持つようになってからずっと
気になっていたこと。

特にフランスのことを勉強していると、
この国の文化と政治の特別に密な関係を考えずにはいられない。

パリ政治学院でも文化政策の授業があったし。
植民地政策を考えるうえでも、文化的支配への言及は欠かせない。

そんなわけで、米・仏・日の文化システムを巡る国際シンポジウムが開かれると聞いて行ってきました☆
本当は卒論審査を2日後に控え、他にも諸事情があったのだけど、
なんといってもジャック・ラング(André Malrauxと並ぶ手腕の元文化大臣)が講演すると言うので
生で聞いてみたかったというのも大きいですね。

で、ラング氏の熱弁はただただ圧巻でした。
基調講演はもちろんのこと、その後の討論のときも話を振られる度に、
会場からは思わず拍手が起こるほど聴衆を引きつけていました。

ただ、良くも悪くも、フランス的だなぁという感じ。
文化の力を軽視しないことは大切なことだと思うし、その点ではフランスは優れていると思う。
ただ、それを力として政治的に利用することには、やはり抵抗を感じる。

その分、政治家としてではなく研究者としての観点に立っていたもう一人の講演者、
フレデリック・マルテル氏の発言の方が共感できる部分が多かったのかも。
彼の著書『超大国アメリカの文化力』(De la culture en amérique)にも目を通してみたいもの。

しかし、このシンポジウム一環して気になったのは

Une culture peut-elle être nationale? ということ。

訳しづらいけれど、要は文化というのは果たして特定の国と結びつけることができるものなのだろうか、
というようなことです。
文化に国民性がある、とは思えない。
だとしたら、ナショナルな性質を文化に付与してもよいものだろうか。
もっと言えば、そうしないと文化は「力」を持つことはできないのだろうか。