少し前後してしまうのだけど、ここ数週間ほどノーベル賞について改めて考えるような話題が相次いだ。
まず1ヶ月ほど前のル・クレジオの来日。
クレジオはフランスの作家で2008年のノーベル文学賞受賞者だけど、
モーリシャスの出身だったり、お父さんが軍医でアフリカに長く駐在していたり、
自身も中南米に滞在していたりして、franco-français(“純”フランス的というのかな)とは一線を画す作家ということで前から興味を持っていたのです。
今秋に来日の予定がある、との情報を耳にしてから一度話を聞いてみたいと楽しみにしていたところ、
ノーベル文学賞受賞者の対談という企画を見つけて、
応募してみたら運よく抽選に当たったので聞いてきました:大江健三郎とル・クレジオの対談。
私の先生が通訳をするという話だったので、イヤホンをつけて勉強しようかとも思ったのですが、
やっぱり文学者の生の言葉が聞きたいと思ってはずしてしまいました・・・
でも彼のフランス語はとても明晰で、
そして力があった。
本当に言葉の力というものを、実感させられる語りでした。
同世代の二人の対談ということで、
自らの時代をどのように位置づけるかということが共通項として語られていて、
当然、戦争についても言及があったのだけど、
クレジオがインカの格言を引いて
"le vaincu est vaincu, le vanqueur est perdu" (被征服者は制圧され、征服者は失墜する)
よって戦争には負けることしかできない (on ne peut que perdre la guerre) と述べていたのが
すごく印象的だった。
そんな戦争について書かずにはいられなかった、という。
いわく、「多彩性が織り成す世界において、人々が理解し合える場を提供するのが文学である」と。
彼にとって書くことは、内的真実に近づこうとすること。
それがサルトルとはまた別のかたちでのアンガージュマンの仕方なのだ。
そのサルトルは、実は唯一ノーベル文学賞受賞を辞退した人物。
理由はノーベル賞の政治的偏向とか。
1960年代という時代背景は今よりも強かったのだろうけれど、
(サルトルより前にソ連のパステルナークは政府の意向で受賞辞退を強いられているし、
反対に受賞したソルジェニーツィンはソ連国外追放になっている)
やはりそうやって権力構造と闘い続ける姿勢を貫く勇気は立派だと思う。
ノーベル賞の政治性をさらにうかがわせるのは平和賞。
例えばベトナム戦争の終結を理由にアメリカの国務長官が受賞するというのだけでも首をかしげたくなってしまうもの。ちなみに平和賞唯一の辞退者はこのキッシンジャーが受賞したとき、同時にオファーがあったベトナム側のレ・ドゥク・トで、「ベトナムにはまだ平和は訪れていない」と言ったらしい。
平和という概念と政治性を切り離して捉えることができるのかというのは、それだけでとても大きな問題なのかもしれないけれど、私にはレ・ドゥク・トのほうが真の平和を追求する者のあるべき姿に思えてならないのです。
そんなわけでオバマの受賞スピーチには少しがっかりしてしまった。
"the instruments of war do have a role to play in preserving the peace"
「平和を維持する上で、戦争という手段にも果たす役割がある」
アメリカの大統領は何にも先立ってアメリカの大統領であるということか。
アメリカの大統領として彼が推進する平和は、政治的な平和でしかないのかもしれない。
政治的な平和は、戦争のあとに訪れるのか。
オバマの引用するキング牧師やガンディーの非暴力という響きが空虚に感じられてしまう。
ちなみにガンディーは、ノーベル平和賞の内定を数度にわたって固辞し続けたらしい。
ところで、私が対談を聞きに行った11月27日はノーベル賞制定の日らしいのだけど、
奇しくも同じ日に、イランのノーベル平和賞受賞者シリン・エバディさんがイラン当局にメダルを押収されたのだよね。反政府デモの鎮圧を彼女が批判したことへの圧力とか。
そして今度は12月27日の反政府デモに関わったとして彼女の妹が逮捕されてしまった。
でも、こうして当局が圧力をかなり強めているということは、それだけ民衆の動きが無視できないものになっているということで、本当に近々、2月の革命記念日ごろまでに、大きく変わる潜在的な可能性を秘めた社会なんじゃないかというのが伝わってきます。いつか行ってみたいなぁ。
2009/12/29
2009/12/07
chasse aux feuilles rouges
授業のない平日を利用して、大学院の友だちと、鎌倉に行ってきました!
目的は紅葉狩り。
思い立ちさえすれば、鎌倉は都心から1時間くらいで着くし、
でも高校のときに遠足で来たことなどを思い出して、ちゃんと非日常を味わうのにちょうどいいところで、
朝乗る電車だけ決めて、あとはほとんど行き当たりばったり、気の向くままに、
お散歩しながら、一日を過ごすという、贅沢な楽しみ方。
ちょうど前日も翌日も雨だったのに、当日だけはすごく天気もよくて、寒すぎず、紅葉はピーク、でも平日だからそこまで混んでいない、という最高の条件でした♪
朝からハイテンションな二人は、
電車の中でも1時間喋りっぱなし笑。
お昼前に着いて、しらす丼を食べながら、作戦会議。
とりあえず鶴岡八幡宮へ。向かうも小町通りで雑貨屋さんに寄り道。
途中で勧誘してきた人力車のお兄さまから名所だけ伺い(・・・だって学生には高いんだもん)
鎌倉幕府の中心だった一帯を周ることに。
①鶴岡八幡宮
②荏柄天神社(学問の神様!)
③鎌倉宮
そしてお目当てはこれ。
④覚園寺

あまりメジャーではないけど、紅葉のピークとネットに書かれていて、写真がとてもよさそうだったので少し中心をはずれて奥まで行ってみたところ、案の定色づきかたが一番鮮やか。
そういえば卒業旅行の京都も嵐山を中心に周ったけれど、こういう少し外れた観光ポイントが好き。
あまりの天気のよさに、ついつい一日中歩いて周ってしまったけど、
甘味処に入って一息。
日も暮れてきたところで、江ノ電に乗り込む。
最後のイベントは、
⑤長谷寺のライトアップ

境内に上の方に登っていくように順路が設けられていて、鎌倉全体の夜景も見渡せたり、
写真にはうまく収められなかったのだけど、ライトアップされた赤が水に映えていたのもとてもきれいでした。
たまにはこうして一日をフルに使って、「いかにも」な気分転換をするというのも、
リフレッシュされて爽快なものです。
目的は紅葉狩り。
思い立ちさえすれば、鎌倉は都心から1時間くらいで着くし、
でも高校のときに遠足で来たことなどを思い出して、ちゃんと非日常を味わうのにちょうどいいところで、
朝乗る電車だけ決めて、あとはほとんど行き当たりばったり、気の向くままに、
お散歩しながら、一日を過ごすという、贅沢な楽しみ方。
ちょうど前日も翌日も雨だったのに、当日だけはすごく天気もよくて、寒すぎず、紅葉はピーク、でも平日だからそこまで混んでいない、という最高の条件でした♪
朝からハイテンションな二人は、
電車の中でも1時間喋りっぱなし笑。
お昼前に着いて、しらす丼を食べながら、作戦会議。
とりあえず鶴岡八幡宮へ。向かうも小町通りで雑貨屋さんに寄り道。
途中で勧誘してきた人力車のお兄さまから名所だけ伺い(・・・だって学生には高いんだもん)
鎌倉幕府の中心だった一帯を周ることに。
①鶴岡八幡宮
②荏柄天神社(学問の神様!)
③鎌倉宮
そしてお目当てはこれ。
④覚園寺
あまりメジャーではないけど、紅葉のピークとネットに書かれていて、写真がとてもよさそうだったので少し中心をはずれて奥まで行ってみたところ、案の定色づきかたが一番鮮やか。
そういえば卒業旅行の京都も嵐山を中心に周ったけれど、こういう少し外れた観光ポイントが好き。
あまりの天気のよさに、ついつい一日中歩いて周ってしまったけど、
甘味処に入って一息。
日も暮れてきたところで、江ノ電に乗り込む。
最後のイベントは、
⑤長谷寺のライトアップ
境内に上の方に登っていくように順路が設けられていて、鎌倉全体の夜景も見渡せたり、
写真にはうまく収められなかったのだけど、ライトアップされた赤が水に映えていたのもとてもきれいでした。
たまにはこうして一日をフルに使って、「いかにも」な気分転換をするというのも、
リフレッシュされて爽快なものです。
2009/11/14
impact asymetrique
詩の授業で、
アレクサンドランという、1行12音節からなる
フランスの定型詩の説明をしながら、
西欧美はシンメトリー
それに対して日本の美はアシンメトリー
ということを先生がおっしゃった。
今まで注意したことなかったけど、
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
詩の音節数が偶数か奇数か、から始まって、
書院造の違い棚とか建築様式もそう、
生け花とか盆栽とか、
日本庭園とフランス式といわれるヴェルサイユ宮殿の庭とを比べてみれば一目瞭然。
絵画の構図もそうだし、
音楽も、バッハなんかを想像すれば、やっぱり当てはまる気がする。
私は昔から対称に対する妙なこだわりが時々あって、
こういって伝わるかはわからないけど、
たとえば数字だと約数の多い36とかが好きだし、
図形だったら、立方体とか円とか球とかが好き。でも球を切る類の空間図形の問題は苦手でしたw
定型詩のシンメトリーが見事に解ける瞬間とかすごく快感。
でも、バランスのとれたアシンメトリー、計算された不均衡の美しさは圧倒的にインパクトがあると思う。
新しくなった山種美術館で見てきた速水御舟の構図は秀逸。
いろいろな挑戦的な画法もさることながら、アシンメトリックな構図は抜群に見事だった。
『翠苔緑芝』の一部。翠とか緑とかバランスが好き。この画は題材も色合いや質感もなんとなく和洋折衷みたいで不思議な感じ。

それに対してこういう純日本画的な作品もあったり。

そしてなんといっても、墨色の牡丹花。
今月は久しぶりに音楽会、展覧会、映画、シンポジウムと感覚を解放できて満たされました♪
アレクサンドランという、1行12音節からなる
フランスの定型詩の説明をしながら、
西欧美はシンメトリー
それに対して日本の美はアシンメトリー
ということを先生がおっしゃった。
今まで注意したことなかったけど、
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
詩の音節数が偶数か奇数か、から始まって、
書院造の違い棚とか建築様式もそう、
生け花とか盆栽とか、
日本庭園とフランス式といわれるヴェルサイユ宮殿の庭とを比べてみれば一目瞭然。
絵画の構図もそうだし、
音楽も、バッハなんかを想像すれば、やっぱり当てはまる気がする。
私は昔から対称に対する妙なこだわりが時々あって、
こういって伝わるかはわからないけど、
たとえば数字だと約数の多い36とかが好きだし、
図形だったら、立方体とか円とか球とかが好き。でも球を切る類の空間図形の問題は苦手でしたw
定型詩のシンメトリーが見事に解ける瞬間とかすごく快感。
でも、バランスのとれたアシンメトリー、計算された不均衡の美しさは圧倒的にインパクトがあると思う。
新しくなった山種美術館で見てきた速水御舟の構図は秀逸。
いろいろな挑戦的な画法もさることながら、アシンメトリックな構図は抜群に見事だった。
『翠苔緑芝』の一部。翠とか緑とかバランスが好き。この画は題材も色合いや質感もなんとなく和洋折衷みたいで不思議な感じ。

それに対してこういう純日本画的な作品もあったり。

そしてなんといっても、墨色の牡丹花。
今月は久しぶりに音楽会、展覧会、映画、シンポジウムと感覚を解放できて満たされました♪
2009/10/18
danse de la cigale
アリかキリギリスか、といったら
私は断然アリ派。
ということは随所で言ってきた気がしますが、
というか、いろんな局面でスタンスの違いを考えることがあって、
もちろん少しずつニュアンスのずれはあるのだけど、だいたいこの「アリ」性に落ち着くのです。
それはたとえば
短期集中に対してコツコツ(・だらだら)型ということであり、
optimaiserに対してmaximaiserということ。
optimaiser/maximaiserというのは、
ある商品を買うとき、前者は気に入ったと思ったものに出会ったらその場で買うタイプ、
後者は一応他のお店も見てから決めるタイプ。
要するに前者の見なかったお店には、もっといいものがあるかもしれない、ないかもしれない。
もしあったら前者はちょっと損。なかったら後者が他のお店を周った分の労力を損する。
で、私は当然後者。
買い物なんかの場合は、ときどきoptimaiserになってみようと思い切ってみたりもするのだけど、
そういうときに限って後でよりいい(気がする)ものを見つけたりして後悔するから、
結局次からまたmaximaiserに戻ってしまう。
でもそれは結局optimaiserにはなれていないということなのだ。
だってoptimaiserはきっとその場で満足して、他の商品を後で見つけても、それについて新たに検討して、自分の選択を振り返る、ということはしないはず。
短期集中型であれ、optimaiserであれ、この「キリギリス」タイプに共通するのは、
潔さ、あるいは思い切りのよさ、だと思う。
そしてそれはそのまま人生観に反映される。
反対に「アリ」タイプは、冒険をしない、無難で、保守的な生き方といえる。
もちろんそれは一つの価値観であり、選択であって、一概に評価を下し得るものではないと思うのだけど。
で、アリ派でありmaximaiserである私は、
いろんな可能性を全て検討したうえで判断しないとなんとなく気がすまなくて、
つい先々のことを把握したいと思うのです。
だって、「あのときここまで考えなかったから、今これができない」ってすっごく悔しくない?
今準備しておけば可能性が拡がるのだから、そうしなくちゃもったいない、と思うわけ。
だけど
先のことはわからない。
そんなの今考えても仕方ないよね、と、ふと思うこともある。
特に外国に行くとそう。
(たとえばフランスの事務手続きとか)思うように行かないことのほうが多いから、
流れに身を任せようという気になれる。
そして、そこには違う時間の流れや生活のテンポというものがあることに気づく。
そうやって流れに乗ってみないと見えないこともあるのだ。
それに、
立派な船を作って航海に備えることも大切だけど、
長い間波に乗っていれば、荒波が来るころには、乗り越える技が身についてるかも。
今自分が考える「先」には、今とは違う自分が立っているはずで、
そのときの自分は、今の自分の基準では図れないものを持っているのだから、
それこそ、今の基準で路を敷いて可能性の幅を規定してしまっては、もったいないじゃない。

気の向くままに、足を運び、新しい小路を抜けてみる。
久しぶりにパリの自由な空気に触れて、そんな生き方を思い出したのでした。
東京のリズムが速い、というだけではない。
外国にいると自ずと捨象されているような情報も、すべて入ってきてしまうから、
雑念が多すぎて、惑わされまいと、つい身構えてしまうのだ。
ときどき、肩の力を抜いて風通しをよくすることを忘れないようにしなくては。
私は断然アリ派。
ということは随所で言ってきた気がしますが、
というか、いろんな局面でスタンスの違いを考えることがあって、
もちろん少しずつニュアンスのずれはあるのだけど、だいたいこの「アリ」性に落ち着くのです。
それはたとえば
短期集中に対してコツコツ(・だらだら)型ということであり、
optimaiserに対してmaximaiserということ。
optimaiser/maximaiserというのは、
ある商品を買うとき、前者は気に入ったと思ったものに出会ったらその場で買うタイプ、
後者は一応他のお店も見てから決めるタイプ。
要するに前者の見なかったお店には、もっといいものがあるかもしれない、ないかもしれない。
もしあったら前者はちょっと損。なかったら後者が他のお店を周った分の労力を損する。
で、私は当然後者。
買い物なんかの場合は、ときどきoptimaiserになってみようと思い切ってみたりもするのだけど、
そういうときに限って後でよりいい(気がする)ものを見つけたりして後悔するから、
結局次からまたmaximaiserに戻ってしまう。
でもそれは結局optimaiserにはなれていないということなのだ。
だってoptimaiserはきっとその場で満足して、他の商品を後で見つけても、それについて新たに検討して、自分の選択を振り返る、ということはしないはず。
短期集中型であれ、optimaiserであれ、この「キリギリス」タイプに共通するのは、
潔さ、あるいは思い切りのよさ、だと思う。
そしてそれはそのまま人生観に反映される。
反対に「アリ」タイプは、冒険をしない、無難で、保守的な生き方といえる。
もちろんそれは一つの価値観であり、選択であって、一概に評価を下し得るものではないと思うのだけど。
で、アリ派でありmaximaiserである私は、
いろんな可能性を全て検討したうえで判断しないとなんとなく気がすまなくて、
つい先々のことを把握したいと思うのです。
だって、「あのときここまで考えなかったから、今これができない」ってすっごく悔しくない?
今準備しておけば可能性が拡がるのだから、そうしなくちゃもったいない、と思うわけ。
だけど
先のことはわからない。
そんなの今考えても仕方ないよね、と、ふと思うこともある。
特に外国に行くとそう。
(たとえばフランスの事務手続きとか)思うように行かないことのほうが多いから、
流れに身を任せようという気になれる。
そして、そこには違う時間の流れや生活のテンポというものがあることに気づく。
そうやって流れに乗ってみないと見えないこともあるのだ。
それに、
立派な船を作って航海に備えることも大切だけど、
長い間波に乗っていれば、荒波が来るころには、乗り越える技が身についてるかも。
今自分が考える「先」には、今とは違う自分が立っているはずで、
そのときの自分は、今の自分の基準では図れないものを持っているのだから、
それこそ、今の基準で路を敷いて可能性の幅を規定してしまっては、もったいないじゃない。
気の向くままに、足を運び、新しい小路を抜けてみる。
久しぶりにパリの自由な空気に触れて、そんな生き方を思い出したのでした。
東京のリズムが速い、というだけではない。
外国にいると自ずと捨象されているような情報も、すべて入ってきてしまうから、
雑念が多すぎて、惑わされまいと、つい身構えてしまうのだ。
ときどき、肩の力を抜いて風通しをよくすることを忘れないようにしなくては。
2009/08/24
L ou S
8月23日っていうのは特別な日。
7年前のその日、私は初めてフランスに旅立ったのでした。
もちろん前哨戦はあったし、
留学の半分は、渡航前の準備と帰国後の消化にかかってるって習ったのもこのときだったけれど、
2002年8月23日に私が踏み出した一歩は、確実に新たな道を拓く最初の一歩だった。
あれから7年の間、
いろんな出会いと別れを繰り返し経験してきた。
そして、2009年8月23日、また一人成田からパリに向けて旅立ったのでした。
それは7年前の私とは反対に、1年の留学を終えて帰国の途についた友だちL。
Lと初めて出会ったのは、留学先の大学の「留学フェア」で、日本から来た留学生が自分たちの大学の紹介を行っているブースに、Lが話を聞きにきたときだったと思う。
「また聞きたいことがあったら、いつでも言ってね」と大学のメールを順に書き出していると、
私の名前を見て、「君か」というL。
偶然にも、Lは、大学のlanguage exchangeシステムに応募していた私のペアとなる相手だったのです。
そんなわけで、Lは私のフランス語を、私はLの日本語を添削、補助することになり、
最初は時限を決めて勉強していたのだけど、
そのうち普通の友だちになって、立ち話したり、ご飯食べたり、遊びにいったりしながら、
普通の会話で「これってどういうこと?」と素朴な疑問攻撃をしあったり、
「ちょっと読んでくれる?」といって課題を見せ合ったりするようになったのでした。
Lは日本に興味を持っているだけに、どことなく波長が日本的で、
それで仲良くなれたのだと思っていたけれど、実はそうではなかったかもしれない(!)
よくよく思い出してみると、私たちはlanguage exchangeというきっかけを通して、
けっこういろんなことを話していた。
私が課題で書いたエッセイなんかを見てもらうことも多くて、
なぜ留学するのか、というようなテーマの文章を見せたとき、
「そんなこと考えてたんだねー」
と言いながら、半年後に控えた自分の留学の意味を考えたりしていたっけ。
私が興味を持っているテーマの話も、
同じような分野を専攻している子とは、ある程度自明のこととして敢えて議論にならないし、
そうじゃない子は「難しいことやってるね」とか「問題山積してる分野でしょ、がんばって」とどこか他人事で、フランス人学生とあまりちゃんと話したことがなかったのだけど、Lは一生懸命聞いてくれた。
未知の領域に飛び込んでみようとする感覚が似ていたのかもしれない。
Lは穏かではあるけれど、視野を広げようという意志をひたむきに持っている子で、
だから仲良くなれたんじゃないかと今は思う。
そして実はちょっと不器用なところも似てるような気がする(笑)
でもLはとても友だち想いで、その思いやりが私にはちゃんと届いてるのです。
帰国前日、留学先の京都から東京にやってきたLは、私にお土産(?)をくれました。
それは・・・耳かき(笑)
なぜ耳かきか、というのはちゃんと経緯があるのですが、長くなるので割愛するとして・・・
とにかくその思い出の品を「買わずにはいられなかったんだ」という言葉に、なんだかとても感動したのでした。
7年前のその日、私は初めてフランスに旅立ったのでした。
もちろん前哨戦はあったし、
留学の半分は、渡航前の準備と帰国後の消化にかかってるって習ったのもこのときだったけれど、
2002年8月23日に私が踏み出した一歩は、確実に新たな道を拓く最初の一歩だった。
あれから7年の間、
いろんな出会いと別れを繰り返し経験してきた。
そして、2009年8月23日、また一人成田からパリに向けて旅立ったのでした。
それは7年前の私とは反対に、1年の留学を終えて帰国の途についた友だちL。
Lと初めて出会ったのは、留学先の大学の「留学フェア」で、日本から来た留学生が自分たちの大学の紹介を行っているブースに、Lが話を聞きにきたときだったと思う。
「また聞きたいことがあったら、いつでも言ってね」と大学のメールを順に書き出していると、
私の名前を見て、「君か」というL。
偶然にも、Lは、大学のlanguage exchangeシステムに応募していた私のペアとなる相手だったのです。
そんなわけで、Lは私のフランス語を、私はLの日本語を添削、補助することになり、
最初は時限を決めて勉強していたのだけど、
そのうち普通の友だちになって、立ち話したり、ご飯食べたり、遊びにいったりしながら、
普通の会話で「これってどういうこと?」と素朴な疑問攻撃をしあったり、
「ちょっと読んでくれる?」といって課題を見せ合ったりするようになったのでした。
Lは日本に興味を持っているだけに、どことなく波長が日本的で、
それで仲良くなれたのだと思っていたけれど、実はそうではなかったかもしれない(!)
よくよく思い出してみると、私たちはlanguage exchangeというきっかけを通して、
けっこういろんなことを話していた。
私が課題で書いたエッセイなんかを見てもらうことも多くて、
なぜ留学するのか、というようなテーマの文章を見せたとき、
「そんなこと考えてたんだねー」
と言いながら、半年後に控えた自分の留学の意味を考えたりしていたっけ。
私が興味を持っているテーマの話も、
同じような分野を専攻している子とは、ある程度自明のこととして敢えて議論にならないし、
そうじゃない子は「難しいことやってるね」とか「問題山積してる分野でしょ、がんばって」とどこか他人事で、フランス人学生とあまりちゃんと話したことがなかったのだけど、Lは一生懸命聞いてくれた。
未知の領域に飛び込んでみようとする感覚が似ていたのかもしれない。
Lは穏かではあるけれど、視野を広げようという意志をひたむきに持っている子で、
だから仲良くなれたんじゃないかと今は思う。
そして実はちょっと不器用なところも似てるような気がする(笑)
でもLはとても友だち想いで、その思いやりが私にはちゃんと届いてるのです。
帰国前日、留学先の京都から東京にやってきたLは、私にお土産(?)をくれました。
それは・・・耳かき(笑)
なぜ耳かきか、というのはちゃんと経緯があるのですが、長くなるので割愛するとして・・・
とにかくその思い出の品を「買わずにはいられなかったんだ」という言葉に、なんだかとても感動したのでした。
2009/06/05
L'art de vivre
久しぶりに通訳のアルバイト。
日仏でやっている"L'art de vivre"をテーマにしたブックフェアをやっている関連で
来日したフランス出版国際事務所というところのお手伝いをするというものだったのですが、
いろいろな手違いが重なって、なぜか急遽シンポジウムの通訳をすることに。。。
ほとんど関係者だけとはいえ、公衆の面前で、
しかも仏→日ばかりか、日→仏の両方向の通訳をすることになってしまい、
あー先生ごめんなさいって感じでした(> <;)
それはそうと、内容はなかなか面白かった。
L'art de vivreというのは、生活の中、日常の芸術というような意味で、
料理、観光、モードetc. さまざまな分野に見られるセンス、知恵のようなもの。
これってきっとどこにでもいろいろな形で存在している文化なのだと思うけど、
こういう表現が定着してることを考えても、フランスはやはりすごく意識的といえる。
どんな生き方をしたいか、とか
自分の生活の中にどんな芸術性を見出すことができるか、とか
そういったことにこだわりを持つというのが、ごく自然なこととして浸透している気がするのだ。
それで、いわば生活に彩りを添えるようなことを専門とした企業の人々と
出版社がどのような形でコラボレーションできるか、ということをテーマとしたシンポジウムだった。
・・・というか、実は企業と出版業界のコラボ―たとえば企業がスポンサーになって出版した本に広告を挟む、ロゴを印刷するとか―がテーマになっていただけなのだけど、扱っていた分野がl'art de vivreだったので、この分野を扱うということ自体を前景化して考えてみたわけ。
参加していたのは在日フランス系企業だったのだけど、在日フランス系企業といって思いつく限りの企業が参加していた、という感じで、要するに、日本でいうフランスのイメージはl'art de vivre的な文化だということでしょう。
でも逆にl'art de vivreに敏感なフランスで注目されてるのは、日本の生活習慣の芸術性。
たぶん私たちは普段意識しないけれど日本的な風習というのはたくさんあって、
たとえば「禅=ZEN」の心といったタームが流行っているのも、フランス人がそこに芸術性を見出しているからなのだ。
というわけで、日常の中に芸術性を追究するフランス的な生き方に魅力を感じる日本と、
日本の風習の芸術性に新しい可能性を感じるフランスの文化交流の1つの通路は「生活」にあるのかもしれない。
ただし、生活の中の芸術は、それが日常に溶け込んでこそ魅力を持つわけで、
あまりに豪華で浮いてしまうような、単なる贅沢、であってはいけない。
日本でいうフランスのイメージは、ハイソなものに傾倒しがちな気がするけれど、あくまで「日常」の中にある芸術を「見出す」というところが人生の楽しみ方なんじゃないだろうか。
教養というのも、そういうものなんだと思う。
日仏でやっている"L'art de vivre"をテーマにしたブックフェアをやっている関連で
来日したフランス出版国際事務所というところのお手伝いをするというものだったのですが、
いろいろな手違いが重なって、なぜか急遽シンポジウムの通訳をすることに。。。
ほとんど関係者だけとはいえ、公衆の面前で、
しかも仏→日ばかりか、日→仏の両方向の通訳をすることになってしまい、
あー先生ごめんなさいって感じでした(> <;)
それはそうと、内容はなかなか面白かった。
L'art de vivreというのは、生活の中、日常の芸術というような意味で、
料理、観光、モードetc. さまざまな分野に見られるセンス、知恵のようなもの。
これってきっとどこにでもいろいろな形で存在している文化なのだと思うけど、
こういう表現が定着してることを考えても、フランスはやはりすごく意識的といえる。
どんな生き方をしたいか、とか
自分の生活の中にどんな芸術性を見出すことができるか、とか
そういったことにこだわりを持つというのが、ごく自然なこととして浸透している気がするのだ。
それで、いわば生活に彩りを添えるようなことを専門とした企業の人々と
出版社がどのような形でコラボレーションできるか、ということをテーマとしたシンポジウムだった。
・・・というか、実は企業と出版業界のコラボ―たとえば企業がスポンサーになって出版した本に広告を挟む、ロゴを印刷するとか―がテーマになっていただけなのだけど、扱っていた分野がl'art de vivreだったので、この分野を扱うということ自体を前景化して考えてみたわけ。
参加していたのは在日フランス系企業だったのだけど、在日フランス系企業といって思いつく限りの企業が参加していた、という感じで、要するに、日本でいうフランスのイメージはl'art de vivre的な文化だということでしょう。
でも逆にl'art de vivreに敏感なフランスで注目されてるのは、日本の生活習慣の芸術性。
たぶん私たちは普段意識しないけれど日本的な風習というのはたくさんあって、
たとえば「禅=ZEN」の心といったタームが流行っているのも、フランス人がそこに芸術性を見出しているからなのだ。
というわけで、日常の中に芸術性を追究するフランス的な生き方に魅力を感じる日本と、
日本の風習の芸術性に新しい可能性を感じるフランスの文化交流の1つの通路は「生活」にあるのかもしれない。
ただし、生活の中の芸術は、それが日常に溶け込んでこそ魅力を持つわけで、
あまりに豪華で浮いてしまうような、単なる贅沢、であってはいけない。
日本でいうフランスのイメージは、ハイソなものに傾倒しがちな気がするけれど、あくまで「日常」の中にある芸術を「見出す」というところが人生の楽しみ方なんじゃないだろうか。
教養というのも、そういうものなんだと思う。
2009/05/19
partage du sensible
今学期取っている授業の1つに「文学の政治」というのがあります。
これはJacques Rancièreという哲学者の書いた文章のタイトルなのですが、
文学者の政治参加とか、政治的な内容を扱っているとか、そういう意味での政治性ではなくて、
文学そのものが内包している政治的な性質について論じるというもの。
要するに一見政治とは無縁に思えるような作品
(実際に本文で例示されているのは19世紀のものがほとんど)にも、
広い意味で政治的と呼べるような特性を見出そうとするところが示唆的。
そこで提示されているのがpartage du sensibleという概念。
partageというのは、part=部分にする、ということがだから、分割するという意味もあるのだけど、
レストランなんかで、一品を“シェアする”ときにも使う単語で共有する、という意味もある。
たとえば1つのパイを2人で半分ずつにするとき、半分にする、という点では分割だけど、同じパイを分け合うという意味では共有になるという、その両義性をうまく表わした単語なのです。
sensibleというのは、感覚可能なもの、ということだから、
partage du sensibleは、世の中の感覚可能なものとそうでないものの境界線、
あるいはそれに内包されたものを指す概念となる。
私たちが何かを感じることができるのは、それが感覚可能なものとして共有されているからで、
普段は意識されないけれど存在している境界線の外側に、こぼれおちているものが実はあるのだ。
何が言葉で何がそうでないか、何が雑音で何が音楽的な音なのか、
そこには常に人工的な、いわば政治的な線引きがされている。
そして文学こそが、新たなpartageを出現させることのできる可能性を持っているのだ。
そうやって考えていくと実にいろんなことに当てはめることのできる概念で、
私がすぐに連想したのはクレオールのことだけど、
そうでなくても共同体論なんかにもつながるものだし、
シュルレアリスムとか、もちろん狭義にも政治と結びついているのだけど、
純粋に文学的な意味でも政治性を見出すことができるように思う。
よく考えれば、何かを表象するという行為は、それだけで表象する主体に力を行使させるものだから、
そういう意味でも文学は内在的に政治的なのかもしれないけど。
それにしても、この表現の選択が見事!
こういう表現との出会いがあるから、フランス語が好きなのです。
これはJacques Rancièreという哲学者の書いた文章のタイトルなのですが、
文学者の政治参加とか、政治的な内容を扱っているとか、そういう意味での政治性ではなくて、
文学そのものが内包している政治的な性質について論じるというもの。
要するに一見政治とは無縁に思えるような作品
(実際に本文で例示されているのは19世紀のものがほとんど)にも、
広い意味で政治的と呼べるような特性を見出そうとするところが示唆的。
そこで提示されているのがpartage du sensibleという概念。
partageというのは、part=部分にする、ということがだから、分割するという意味もあるのだけど、
レストランなんかで、一品を“シェアする”ときにも使う単語で共有する、という意味もある。
たとえば1つのパイを2人で半分ずつにするとき、半分にする、という点では分割だけど、同じパイを分け合うという意味では共有になるという、その両義性をうまく表わした単語なのです。
sensibleというのは、感覚可能なもの、ということだから、
partage du sensibleは、世の中の感覚可能なものとそうでないものの境界線、
あるいはそれに内包されたものを指す概念となる。
私たちが何かを感じることができるのは、それが感覚可能なものとして共有されているからで、
普段は意識されないけれど存在している境界線の外側に、こぼれおちているものが実はあるのだ。
何が言葉で何がそうでないか、何が雑音で何が音楽的な音なのか、
そこには常に人工的な、いわば政治的な線引きがされている。
そして文学こそが、新たなpartageを出現させることのできる可能性を持っているのだ。
そうやって考えていくと実にいろんなことに当てはめることのできる概念で、
私がすぐに連想したのはクレオールのことだけど、
そうでなくても共同体論なんかにもつながるものだし、
シュルレアリスムとか、もちろん狭義にも政治と結びついているのだけど、
純粋に文学的な意味でも政治性を見出すことができるように思う。
よく考えれば、何かを表象するという行為は、それだけで表象する主体に力を行使させるものだから、
そういう意味でも文学は内在的に政治的なのかもしれないけど。
それにしても、この表現の選択が見事!
こういう表現との出会いがあるから、フランス語が好きなのです。
2009/05/04
quoi de neuf?
初めて通った日仏学院のクラスは、会話の授業で、
毎週授業の始めに“Quoi de neuf?”と言って近況報告をさせられた。
直訳すると「どんな新しいことがあった?」というところ。
その頃高校生だった私はあんまりネタに困った記憶はなく、
ただそれをどうやってフランス語にするかとか、それにどういったコメントをつけるかとかに
頭を悩ませていた気がする。
実は、大学で取っているフランス語会話の授業でも、
やはり毎週授業の始めにこの近況報告をする習慣がある。
そして今はこの“quelque chose de neuf”=何か新しいこと、を見つけるのに頭を悩ませることが多い。
学業のことばかり話しても面白くないから、毎回ちょっとした非日常を探すというわけ。
これってけっこう大事なことじゃないかなーって思う。
ちょっとした変化に敏感になるということ。
結局のところ、どんなに「日常」と言ったってまったく同じということはあり得ないのだし、
そうやって「新しい」ことを発見できる楽しさっていうのはある。
時が先に進むっていうことは、この発見が増えていく可能性を秘めているということで、だから楽しいことなんじゃないかと思うのです。
ただし、さらにもう一段踏み込んだことを言えば、
前に書いたような過去にまつわる記憶も、それが現代に生きられたものであることを考えれば
この再記憶化の過程というのも「発見」の1つと言えるのだと思う。
「故きを温ねる」ことも、それが源泉となるのだから「先に進む」ことと異なるものではないんじゃないかな。
というわけでゴールデンウィークのnouvelle(新しいこと/ニュースの意)は社会人になった友人たちに会って、「相変わらず」ぶりを確かめ合ったことでした☆
毎週授業の始めに“Quoi de neuf?”と言って近況報告をさせられた。
直訳すると「どんな新しいことがあった?」というところ。
その頃高校生だった私はあんまりネタに困った記憶はなく、
ただそれをどうやってフランス語にするかとか、それにどういったコメントをつけるかとかに
頭を悩ませていた気がする。
実は、大学で取っているフランス語会話の授業でも、
やはり毎週授業の始めにこの近況報告をする習慣がある。
そして今はこの“quelque chose de neuf”=何か新しいこと、を見つけるのに頭を悩ませることが多い。
学業のことばかり話しても面白くないから、毎回ちょっとした非日常を探すというわけ。
これってけっこう大事なことじゃないかなーって思う。
ちょっとした変化に敏感になるということ。
結局のところ、どんなに「日常」と言ったってまったく同じということはあり得ないのだし、
そうやって「新しい」ことを発見できる楽しさっていうのはある。
時が先に進むっていうことは、この発見が増えていく可能性を秘めているということで、だから楽しいことなんじゃないかと思うのです。
ただし、さらにもう一段踏み込んだことを言えば、
前に書いたような過去にまつわる記憶も、それが現代に生きられたものであることを考えれば
この再記憶化の過程というのも「発見」の1つと言えるのだと思う。
「故きを温ねる」ことも、それが源泉となるのだから「先に進む」ことと異なるものではないんじゃないかな。
というわけでゴールデンウィークのnouvelle(新しいこと/ニュースの意)は社会人になった友人たちに会って、「相変わらず」ぶりを確かめ合ったことでした☆
2009/04/25
memory≠history?
大学院生活にも少しずつ慣れてきました。
でもなんというか、時間の流れがものすごく密。
流れが密って、変な表現だけど、
日々を送るということが、たとえば時間という流れに揺られてどこかへ向かっていくということだとしたら、
今は量も幅もある豊かな流れの中に身をおいているという感じなのです。
私たちはこうして流れの中で絶えず動き続けている。
なんだ、また同じところに戻ってきたじゃないかって思うこともあるけど、
それだって―時間を海に譬えるなら、その海の状態だって―やっぱり絶えず変化しているのだから
2度と同じということはありえないのだ。
・・・などと考えながら前に進むのですが。
それはさておき、大学院初の発表を終えました。
発表といっても訳読なので、プレゼンテーションではないのだけど。
読んでいるのは、かの大作『記憶の場』("Lieux de mémoire" Pierre Nora編).
そこで歴史と記憶の区別が重要となってくるのですが、
非常に乱暴な区分をすると、過去に属するものが歴史、現在に属するものが記憶。
で、編者曰く、記憶の場というのは、一言であらわすと「現在のなかにある過去の相対的構造」、
あるいは「再記憶化の過程」、つまりその両者をつなぐものなわけです。
これはなかなか面白い問題で、
たとえばホブズボームも『帝国の時代』の序章で、
一般化された記録としての過去を歴史、個人の経験としての過去を記憶と呼んで区別し、
両者の間の曖昧な領域の存在を指摘したうえで、
その正確な認識が困難であること、しかし重要であること、を主張している。
この本が書かれた1980年代において、『帝国の時代』はまさにこの曖昧な領域に属していたということだけど、果たして今日、『帝国の時代』はもはやこの領域を脱したと言えるのだろうか。。。
記憶は再記憶化された後も、やがてまた新たな記憶となって継承されていくもので、
言ってみればそのために、意図的に「再記憶化」という行為がなされるようなもの。
だから「記憶の政治学」なるもの(という授業を私がシアンスポで受けていました)も存在するのよね。
そういう意味で確かに「帝国の時代」は再記憶化という行為を免れないわけで、
政治的に、この曖昧な領域に押し留められてるとも言える。
私の勉強している分野を歴史と呼ぶ人がいるけれど、
この時代をこうした曖昧な領域から救い出す、という観点からすれば、それは正しいのかも。
とはいえ、この再記憶化を経ることによって、この問題は常に現代性を持ったものとして現れていて、
要するにそれがポスト・コロニアルということなのだろうけれど、
それはグローバル化のような現代の文脈において捉えなおさなければならない問題でもあって、
決して過去に葬り去ることはできないとも言える。
私のことを知っている人に研究テーマを話すとよく、
「もっと現代のことをやってるのかと思った」といった反応が返ってくるのだけど、
私は現代のことをやっていないつもりはないんだよなぁ。
と、いうことは、私が扱ってるのは、まさにそのギャップなのかもしれない。
でもなんというか、時間の流れがものすごく密。
流れが密って、変な表現だけど、
日々を送るということが、たとえば時間という流れに揺られてどこかへ向かっていくということだとしたら、
今は量も幅もある豊かな流れの中に身をおいているという感じなのです。
私たちはこうして流れの中で絶えず動き続けている。
なんだ、また同じところに戻ってきたじゃないかって思うこともあるけど、
それだって―時間を海に譬えるなら、その海の状態だって―やっぱり絶えず変化しているのだから
2度と同じということはありえないのだ。
・・・などと考えながら前に進むのですが。
それはさておき、大学院初の発表を終えました。
発表といっても訳読なので、プレゼンテーションではないのだけど。
読んでいるのは、かの大作『記憶の場』("Lieux de mémoire" Pierre Nora編).
そこで歴史と記憶の区別が重要となってくるのですが、
非常に乱暴な区分をすると、過去に属するものが歴史、現在に属するものが記憶。
で、編者曰く、記憶の場というのは、一言であらわすと「現在のなかにある過去の相対的構造」、
あるいは「再記憶化の過程」、つまりその両者をつなぐものなわけです。
これはなかなか面白い問題で、
たとえばホブズボームも『帝国の時代』の序章で、
一般化された記録としての過去を歴史、個人の経験としての過去を記憶と呼んで区別し、
両者の間の曖昧な領域の存在を指摘したうえで、
その正確な認識が困難であること、しかし重要であること、を主張している。
この本が書かれた1980年代において、『帝国の時代』はまさにこの曖昧な領域に属していたということだけど、果たして今日、『帝国の時代』はもはやこの領域を脱したと言えるのだろうか。。。
記憶は再記憶化された後も、やがてまた新たな記憶となって継承されていくもので、
言ってみればそのために、意図的に「再記憶化」という行為がなされるようなもの。
だから「記憶の政治学」なるもの(という授業を私がシアンスポで受けていました)も存在するのよね。
そういう意味で確かに「帝国の時代」は再記憶化という行為を免れないわけで、
政治的に、この曖昧な領域に押し留められてるとも言える。
私の勉強している分野を歴史と呼ぶ人がいるけれど、
この時代をこうした曖昧な領域から救い出す、という観点からすれば、それは正しいのかも。
とはいえ、この再記憶化を経ることによって、この問題は常に現代性を持ったものとして現れていて、
要するにそれがポスト・コロニアルということなのだろうけれど、
それはグローバル化のような現代の文脈において捉えなおさなければならない問題でもあって、
決して過去に葬り去ることはできないとも言える。
私のことを知っている人に研究テーマを話すとよく、
「もっと現代のことをやってるのかと思った」といった反応が返ってくるのだけど、
私は現代のことをやっていないつもりはないんだよなぁ。
と、いうことは、私が扱ってるのは、まさにそのギャップなのかもしれない。
2009/04/05
independance
4月4日はセネガルの独立記念日。
今年は49周年。来年はダカールに見に行きたいなぁ。。
今年のテーマは
"les forces de défense et de sécurité au service de la diplomatie"
直訳すると、防衛と安全保障部隊の外交奉仕。
独立記念日には慣例の盛大な軍隊の行進が行われる、というのはフランスも同じなのだけど、
やっぱりこういうハレの舞台に軍隊が堂々と登場するのを見ると、ちょっと身構える。
国際政治の駆け引きを動かすのは「力」であり、
どんなにソフト・パワー、スマート・パワーという概念が説かれるようになったといっても、
いまだに軍事力のような古典的な力の占める位置は大きいのだ、ということを瞬時に思い出させられるからだろうか。
その国に対する自分のétrangeté=外性を突きつけられるからかもしれない。
生活というレベルにズームを合わせていたのが、
カメラが引くと突然「国」という枠が現前化してしまう。
これは外国のことを勉強しようと思ったら必ず向き合わなくてはいけない問題なのでしょう。
「よそものの視線」それは意外に鋭いもので、
ときにとても有益だけど、同時に危険性も孕んでいるし、だから警戒もされる。
うまく付き合っていくしかないのです。
今年は49周年。来年はダカールに見に行きたいなぁ。。
今年のテーマは
"les forces de défense et de sécurité au service de la diplomatie"
直訳すると、防衛と安全保障部隊の外交奉仕。
独立記念日には慣例の盛大な軍隊の行進が行われる、というのはフランスも同じなのだけど、
やっぱりこういうハレの舞台に軍隊が堂々と登場するのを見ると、ちょっと身構える。
国際政治の駆け引きを動かすのは「力」であり、
どんなにソフト・パワー、スマート・パワーという概念が説かれるようになったといっても、
いまだに軍事力のような古典的な力の占める位置は大きいのだ、ということを瞬時に思い出させられるからだろうか。
その国に対する自分のétrangeté=外性を突きつけられるからかもしれない。
生活というレベルにズームを合わせていたのが、
カメラが引くと突然「国」という枠が現前化してしまう。
これは外国のことを勉強しようと思ったら必ず向き合わなくてはいけない問題なのでしょう。
「よそものの視線」それは意外に鋭いもので、
ときにとても有益だけど、同時に危険性も孕んでいるし、だから警戒もされる。
うまく付き合っていくしかないのです。
2009/03/31
apprendre
更新が止まってしまっていたのは、立て続けに東京を離れていたから。
京都に行った次の週は福岡に里帰り。
↓
その次の週は大学の前半を共に過ごしたクラスで卒業旅行@松島。
↓
帰ってすぐに、今度は卒論・院試のために数ヶ月お休みしていたオーケストラに復帰すべく
合宿に参加@河口湖。
そうこうするうちに今年度も終わり、気づけば卒業でした。
卒業式の後の懇親会で突然挨拶を頼まれ、大急ぎで大学生活を振り返ってみて何より思ったのは、
考える楽しさや、知る喜びを覚えたのは大学時代だったということ。
大学に入ってからも例えばどの学部に進学するかとか、留学するかとか、その先のこととか、
岐路はたくさんあって、
その度に自分の生き方を問い直したり、
果てはもっと普遍的な人のあり方にも考えを巡らせたりもして。
考えすぎると混沌の中に迷い込んでしまってなかなか抜け出せないのだけど、
それでも考えるのをやめることができないくらい、
それはもう私の一部というか、私が私である証、まさにcogito ergo sum.
まっさらな紙を折ったり広げたりを繰り返す作業に似ていて、
折ってまた広げて、次は別の方向に折りなおしたりするのだけど、
最初に折った跡があるから次はもうちょっと複雑な折り方ができたりするわけで。
あるいは折り重ねすぎると分厚くなって先に進めなくなったり、
でもそれを1つ1つ広げていくと、次は折りやすい。
そうやってこの作業を重ねるほど、紙にはたくさん折り目がついてやわらかくなるのだ。
だからこうして考えたことは、
答えが見つかったかどうかを抜きに、
その行為自体がきっと糧になると私は信じている。
そういう機会をたくさん得られたことも、
そして時に考えを語り合える人と出会えたことも、本当に大きな収穫でした。
京都に行った次の週は福岡に里帰り。
↓
その次の週は大学の前半を共に過ごしたクラスで卒業旅行@松島。
↓
帰ってすぐに、今度は卒論・院試のために数ヶ月お休みしていたオーケストラに復帰すべく
合宿に参加@河口湖。
そうこうするうちに今年度も終わり、気づけば卒業でした。
卒業式の後の懇親会で突然挨拶を頼まれ、大急ぎで大学生活を振り返ってみて何より思ったのは、
考える楽しさや、知る喜びを覚えたのは大学時代だったということ。
大学に入ってからも例えばどの学部に進学するかとか、留学するかとか、その先のこととか、
岐路はたくさんあって、
その度に自分の生き方を問い直したり、
果てはもっと普遍的な人のあり方にも考えを巡らせたりもして。
考えすぎると混沌の中に迷い込んでしまってなかなか抜け出せないのだけど、
それでも考えるのをやめることができないくらい、
それはもう私の一部というか、私が私である証、まさにcogito ergo sum.
まっさらな紙を折ったり広げたりを繰り返す作業に似ていて、
折ってまた広げて、次は別の方向に折りなおしたりするのだけど、
最初に折った跡があるから次はもうちょっと複雑な折り方ができたりするわけで。
あるいは折り重ねすぎると分厚くなって先に進めなくなったり、
でもそれを1つ1つ広げていくと、次は折りやすい。
そうやってこの作業を重ねるほど、紙にはたくさん折り目がついてやわらかくなるのだ。
だからこうして考えたことは、
答えが見つかったかどうかを抜きに、
その行為自体がきっと糧になると私は信じている。
そういう機会をたくさん得られたことも、
そして時に考えを語り合える人と出会えたことも、本当に大きな収穫でした。
2009/03/13
kyoto
学科の友だち4人で卒業旅行と称して(4人中3人は進学だけど。。。)
京都弾丸旅行してきました。
1泊という短い旅行だったけど、嵐山方面を中心に観光面でも充実してたし、
何より2年生の冬からずっと切磋琢磨し合った仲間と一緒に旅行ができたことが
個人的にはとてもとても嬉しかった。
夜行バスで着いた早朝の京都駅で、喫茶店で朝ごはんを食べながらおしゃべりしたこと。
寒い寒いと、気の向くままに、お土産屋さんに寄り道したこと。
龍安寺で感動して思わず買ったおそろいのキーホルダー「我唯足知」。
半日かけて、鈍行を乗り継いでの帰路。浜松の駅弁屋さん。
なんというか、陳腐な言葉だけど、本当に「良き思い出」となったなぁと。
進振りのとき、迷いに迷って、この学科を選んだ決め手の1つは雰囲気だったりした。
そんな雰囲気に包まれて充たされたのでした。
2009/03/08
repetition
三越でやっている土門拳の写真展に行ったついでに、
隣ビルで展示してある三井家のおひなさまを見てきました。
それで、ふと思い出して久しぶりに読んでみた、石井桃子作『三月ひなのつき』
小学生のころ、たぶん主人公のよし子と同じ年のころ、本棚に見つけて読んだ本。
母に話したら、自分の成長と共に、年々違った捉え方ができるから、毎年おひなさまの頃に読んでごらん、と言われ、そんな本の読み方があるのかと新鮮だった覚えがある。
というのも、当時の私にとって、新しい本を読むことはいいことで、
気に入った同じ本を何度も読むのは、なんとなく怠惰な後ろめたいことのような気がしていて、
毎年繰り返して読むことを推奨されるなんて、なんだか特権的な感じがしたのだ。
それでも結局すっかり忘れて全然読まなかったこともあったけれど、
時々こうして思い出して、もう何度も読んだ。
一年前の3月3日に父親を亡くし、お母さんと二人でつつましく暮らす小学生のよし子が、学校の帰りにデパートのショーウィンドウでおひなさまを見た、というところから話は始まる。
よし子のお母さんは昔木彫りのとても素敵なおひなさまを持っていたのだけれど、
それが戦争で焼けてしまって、でもそのおひなさまがあまり素敵だったので、
規格品を買い与える気になれず、よし子はまだおひなさまを持っていないのです・・・
本の紹介には「ひなまつりを通して母と子の心の交流をすがすがしく描いた童話」と書かれている。
昔読んだときは、よし子の気持ちを毎年いろいろな角度で捉えていたのが、
今はもうお母さんの気持ちを考える部分が多くなった気がして、ちょっと感慨深い。
「ママは、あなたが大きくなるまで、毎年おひなさまのころにこの本を出して読んでほしいと思います。きっとママの気持ち―何故この本を読んでほしかったかという―が段々にわかってくれると思います。」
忘れていたけれど、巻末には祖母から母へ、こう書き添えられていた。
母も何度も読んだのだろうか。
私も自分のおひなさまって持っていないのだけど、
この本をこうして母娘で読み継いでゆくことがその代わりをなしてるみたい。
隣ビルで展示してある三井家のおひなさまを見てきました。
それで、ふと思い出して久しぶりに読んでみた、石井桃子作『三月ひなのつき』
小学生のころ、たぶん主人公のよし子と同じ年のころ、本棚に見つけて読んだ本。
母に話したら、自分の成長と共に、年々違った捉え方ができるから、毎年おひなさまの頃に読んでごらん、と言われ、そんな本の読み方があるのかと新鮮だった覚えがある。
というのも、当時の私にとって、新しい本を読むことはいいことで、
気に入った同じ本を何度も読むのは、なんとなく怠惰な後ろめたいことのような気がしていて、
毎年繰り返して読むことを推奨されるなんて、なんだか特権的な感じがしたのだ。
それでも結局すっかり忘れて全然読まなかったこともあったけれど、
時々こうして思い出して、もう何度も読んだ。
一年前の3月3日に父親を亡くし、お母さんと二人でつつましく暮らす小学生のよし子が、学校の帰りにデパートのショーウィンドウでおひなさまを見た、というところから話は始まる。
よし子のお母さんは昔木彫りのとても素敵なおひなさまを持っていたのだけれど、
それが戦争で焼けてしまって、でもそのおひなさまがあまり素敵だったので、
規格品を買い与える気になれず、よし子はまだおひなさまを持っていないのです・・・
本の紹介には「ひなまつりを通して母と子の心の交流をすがすがしく描いた童話」と書かれている。
昔読んだときは、よし子の気持ちを毎年いろいろな角度で捉えていたのが、
今はもうお母さんの気持ちを考える部分が多くなった気がして、ちょっと感慨深い。
「ママは、あなたが大きくなるまで、毎年おひなさまのころにこの本を出して読んでほしいと思います。きっとママの気持ち―何故この本を読んでほしかったかという―が段々にわかってくれると思います。」
忘れていたけれど、巻末には祖母から母へ、こう書き添えられていた。
母も何度も読んだのだろうか。
私も自分のおひなさまって持っていないのだけど、
この本をこうして母娘で読み継いでゆくことがその代わりをなしてるみたい。
2009/02/28
sahara
初のサハラ行きがついに実現しました。
といってもsahara japonais
・・・千葉県佐原市(正確にはサワラと読む)に日帰り旅行。
(もっと正確には、最近市町村合併で香取市になったらしい。)
パリから京都に留学中の友人が、
春休みに東京に数日滞在するというので、
旅行を企画。
当初は様々な候補地が挙がっていたのだけど、
結局日程・予算などの関係で、東京近郊に日帰りで行こうということになり、
生協の本屋でガイドをめくっていて見つけたのがこの佐原。
ガイドで見るまでほとんど知らなかった利根川水郷地帯。
小江戸と呼ばれる昔ながらの街並み、重要伝統的建造物が保存されている地域で、
伊能忠敬ゆかりの地らしい。
朝日暮里を出発、京成線にゆられて成田からJRに乗り換えようと歩いていると、
「成田山」の文字が。
というわけで、さっそく予定を変更して(笑)まず参拝。
かなり広い境内で、
遠足に来ていた幼稚園児がちょろちょろかわいい。
ちょうど梅も見ごろでした。
気を取り直してJR乗車。
佐原について、お昼は鰻。この辺りの名物なのかな。
実は生まれて初めて白焼きを食べました。
建造物、街並みを見ながら散歩するも、小雨にあたり、
寒さしのぎに伊能忠敬記念館へ。
地図の精密さ、というより、作業の細かさ、緻密さに圧倒されました。
正確な測量というだけで「すごい人なんだなあ」と幼心に思ってたけど、
その工程を改めて追ってみると、そんなもんじゃない。
半端ない几帳面さは、見ていて気持ちいいくらいで、
でも私だったら恐らく県1つ分くらいで飽きてしまいそうな緻密な作業を、
徹底的にやりぬいた根気はけっこう感動的でした。
しかも測量に行ったの70歳くらいだったような。。。
というわけで留学生は伊能忠敬さまの偉大な存在を知ることのできた有意義な旅となった模様。
東京に戻って、地鶏鍋をみんなでつついて、
満足な一日となりました。
次は半年後・・・
といってもsahara japonais
・・・千葉県佐原市(正確にはサワラと読む)に日帰り旅行。
(もっと正確には、最近市町村合併で香取市になったらしい。)
パリから京都に留学中の友人が、
春休みに東京に数日滞在するというので、
旅行を企画。
当初は様々な候補地が挙がっていたのだけど、
結局日程・予算などの関係で、東京近郊に日帰りで行こうということになり、
生協の本屋でガイドをめくっていて見つけたのがこの佐原。
ガイドで見るまでほとんど知らなかった利根川水郷地帯。
小江戸と呼ばれる昔ながらの街並み、重要伝統的建造物が保存されている地域で、
伊能忠敬ゆかりの地らしい。
朝日暮里を出発、京成線にゆられて成田からJRに乗り換えようと歩いていると、
「成田山」の文字が。
というわけで、さっそく予定を変更して(笑)まず参拝。
かなり広い境内で、
遠足に来ていた幼稚園児がちょろちょろかわいい。
ちょうど梅も見ごろでした。
気を取り直してJR乗車。
佐原について、お昼は鰻。この辺りの名物なのかな。
実は生まれて初めて白焼きを食べました。
建造物、街並みを見ながら散歩するも、小雨にあたり、
寒さしのぎに伊能忠敬記念館へ。
地図の精密さ、というより、作業の細かさ、緻密さに圧倒されました。
正確な測量というだけで「すごい人なんだなあ」と幼心に思ってたけど、
その工程を改めて追ってみると、そんなもんじゃない。
半端ない几帳面さは、見ていて気持ちいいくらいで、
でも私だったら恐らく県1つ分くらいで飽きてしまいそうな緻密な作業を、
徹底的にやりぬいた根気はけっこう感動的でした。
しかも測量に行ったの70歳くらいだったような。。。
というわけで留学生は伊能忠敬さまの偉大な存在を知ることのできた有意義な旅となった模様。
東京に戻って、地鶏鍋をみんなでつついて、
満足な一日となりました。
次は半年後・・・
2009/02/20
humanisme
少し前になるけど、ヒラリー・クリントン長官が東大でタウン・ミーティングをやるというので、
半信半疑で参加させてもらった。
半信は、滅多にないであろう機会だということ。
半疑は、果たして何か聞き出せるのだろうかということ。
聞き出せるのか、というのは
最近内面的な部分ばかり見ていた自分が表出するものにどこまで反応できるのかというのもあるし、
「市民との対話」を希望したというクリントンが戦略を超えてどこまで語りうるものなのか、というのもあった。
結果としては、やはり大体において予想通り、という感じで、
しかも私の中のアメリカのイメージすら反映した答弁だったのだけど、
それでもさすがに彼女のオーラ、パフォーマンス技術はかなり秀でたものがあって、
それに触れられただけでも行ってよかったと思わせるくらいのものがありました。
院試の直後だったこともあり、
答えられない質問はこうやって交わすのかーとか(笑)
正義に対する信念がけっこう圧倒的だったり。
(これはオバマが就任演説のときに言った「世界に対するアメリカの責任」みたいな発言に対するものと同じ種類の違和感を私に抱かせるのだけど)
・・・違和感、というのは、「責任」「正義」という語の背後にある自負心に対して、
要するに、うぬぼれのようなものを感じるということ。
責任を引き受けるということは、その能力を前提としているわけだし、
正義に関しては、信念を持って突き進むことは力、だけど、裏を返せば、
その影響力を省みずに力を振り回すことに抵抗を感じずにいられるのか、疑問。
もうひとつ気になったのは、「女性」という側面。
彼女自身はそこまででもなかったけれど、受け入れ側(某総長)も、学生も、
「女性」という側面を強調しすぎていたような気がして、
そうやって「女性」としてしか見られないことを、本人はどう思っているのだろうと気になったりした。
彼女が大統領夫人として名声をあげた節があるというのもあるし、
gender equalityがまだまだ確立されていない世の中において、
彼女の活躍は貢献であることは確かだろうけれど、
なんというか、女性「なのに」(女性の「くせに」)活躍してすごいね、と上から言っているみたいで、
じゃあ彼女の功績は、それが男性の手によるものだったら同等の価値はないのだろうか。
たとえば私が何か、私にしかできないことを成し遂げたとして、
それは性別も含めてあらゆるアイデンティティを持った私にしかできないことだったかもしれないし、
そのことは私にとってはとても大切なことには違いないのだけど、
私だったらそれを、一人の匿名の人間として評価されたいような気がする。
様々なアイデンティティは無数にあって、
性別でも国籍でも、そのグループ化という行為は本質的に多少の誤差を避けられない。
おそらく共通項はただ1つ、人間であること、だけなのではないか。
学問というのは、その人間に関する探究なのだと思う。
ヒューマニズム宣言。
院試を終えたばかりの3人の会話を思い出した。
物語の主人公が異性でも、そこに自らを重ね合わせることはありますか?
半信半疑で参加させてもらった。
半信は、滅多にないであろう機会だということ。
半疑は、果たして何か聞き出せるのだろうかということ。
聞き出せるのか、というのは
最近内面的な部分ばかり見ていた自分が表出するものにどこまで反応できるのかというのもあるし、
「市民との対話」を希望したというクリントンが戦略を超えてどこまで語りうるものなのか、というのもあった。
結果としては、やはり大体において予想通り、という感じで、
しかも私の中のアメリカのイメージすら反映した答弁だったのだけど、
それでもさすがに彼女のオーラ、パフォーマンス技術はかなり秀でたものがあって、
それに触れられただけでも行ってよかったと思わせるくらいのものがありました。
院試の直後だったこともあり、
答えられない質問はこうやって交わすのかーとか(笑)
正義に対する信念がけっこう圧倒的だったり。
(これはオバマが就任演説のときに言った「世界に対するアメリカの責任」みたいな発言に対するものと同じ種類の違和感を私に抱かせるのだけど)
・・・違和感、というのは、「責任」「正義」という語の背後にある自負心に対して、
要するに、うぬぼれのようなものを感じるということ。
責任を引き受けるということは、その能力を前提としているわけだし、
正義に関しては、信念を持って突き進むことは力、だけど、裏を返せば、
その影響力を省みずに力を振り回すことに抵抗を感じずにいられるのか、疑問。
もうひとつ気になったのは、「女性」という側面。
彼女自身はそこまででもなかったけれど、受け入れ側(某総長)も、学生も、
「女性」という側面を強調しすぎていたような気がして、
そうやって「女性」としてしか見られないことを、本人はどう思っているのだろうと気になったりした。
彼女が大統領夫人として名声をあげた節があるというのもあるし、
gender equalityがまだまだ確立されていない世の中において、
彼女の活躍は貢献であることは確かだろうけれど、
なんというか、女性「なのに」(女性の「くせに」)活躍してすごいね、と上から言っているみたいで、
じゃあ彼女の功績は、それが男性の手によるものだったら同等の価値はないのだろうか。
たとえば私が何か、私にしかできないことを成し遂げたとして、
それは性別も含めてあらゆるアイデンティティを持った私にしかできないことだったかもしれないし、
そのことは私にとってはとても大切なことには違いないのだけど、
私だったらそれを、一人の匿名の人間として評価されたいような気がする。
様々なアイデンティティは無数にあって、
性別でも国籍でも、そのグループ化という行為は本質的に多少の誤差を避けられない。
おそらく共通項はただ1つ、人間であること、だけなのではないか。
学問というのは、その人間に関する探究なのだと思う。
ヒューマニズム宣言。
院試を終えたばかりの3人の会話を思い出した。
物語の主人公が異性でも、そこに自らを重ね合わせることはありますか?
2009/02/10
bolero
半年くらい前から予約してあったバレエの公演。
私がパリにいる間に行こう行こうと思っていたら訃報が舞い込み、
そのことであっという間にチケットが完売してしまった振付師ベジャールのバレエ。
その追悼公演でシルヴィ・ギエムがボレロを踊る。

しかしこれは貧乏学生が格安チケットで当日訪れるパリの公演じゃあないから、
お子さまなんぞはお呼びでないわけ。
まして私は院試を控え、お留守番を申しつけられる。
はず・・・だったのですが、
急遽父が仕事で行けなくなり、代わりに私が行けることに。
いい子にしてると(してなくても)いいことあるね笑。
お父さま、お仕事がんばってらしてね☆薄情娘。
というわけで、久しぶりの舞台♪
暗闇に映える舞台中央の真っ赤な丸い台。
ボレロの最初のpをいくつも重ねたあの静寂の緊張感が伝わってくる。
繰り返される動きと、それに少しずつ加えられていくヴァリエーション。
音楽と照明と踊りのソロと群舞、
4種類が反復と変化が重なって1つの空間がつくりあげられ、進行してゆくさまは実に見事で、
クライマックスまでぐいぐい引き込まれていった。
ボレロを作曲したラヴェルもすごいと思ったけど、
それに振り付けをしてしまったベジャールもやっぱりすごい。
(怖い顔と子猫のミスマッチ、最高)
いい舞台を観た直後いつも感じるような、魂だけ舞台の上を浮遊している感覚か、
あるいは、むしろ舞台上の鼓動が私の中に入りこんできたような、
妙な一体感を覚えた。
生の舞台は肌で感じるものがあるのがいい。
舞台芸術の魅力はやはり、その身体性なのではないか。
正確には、精神を身体が媒介するという構図が刺激的なんじゃないかな。
私がパリにいる間に行こう行こうと思っていたら訃報が舞い込み、
そのことであっという間にチケットが完売してしまった振付師ベジャールのバレエ。
その追悼公演でシルヴィ・ギエムがボレロを踊る。

しかしこれは貧乏学生が格安チケットで当日訪れるパリの公演じゃあないから、
お子さまなんぞはお呼びでないわけ。
まして私は院試を控え、お留守番を申しつけられる。
はず・・・だったのですが、
急遽父が仕事で行けなくなり、代わりに私が行けることに。
いい子にしてると(してなくても)いいことあるね笑。
お父さま、お仕事がんばってらしてね☆薄情娘。
というわけで、久しぶりの舞台♪
暗闇に映える舞台中央の真っ赤な丸い台。
ボレロの最初のpをいくつも重ねたあの静寂の緊張感が伝わってくる。
繰り返される動きと、それに少しずつ加えられていくヴァリエーション。
音楽と照明と踊りのソロと群舞、
4種類が反復と変化が重なって1つの空間がつくりあげられ、進行してゆくさまは実に見事で、
クライマックスまでぐいぐい引き込まれていった。
ボレロを作曲したラヴェルもすごいと思ったけど、
それに振り付けをしてしまったベジャールもやっぱりすごい。
(怖い顔と子猫のミスマッチ、最高)いい舞台を観た直後いつも感じるような、魂だけ舞台の上を浮遊している感覚か、
あるいは、むしろ舞台上の鼓動が私の中に入りこんできたような、
妙な一体感を覚えた。
生の舞台は肌で感じるものがあるのがいい。
舞台芸術の魅力はやはり、その身体性なのではないか。
正確には、精神を身体が媒介するという構図が刺激的なんじゃないかな。
2009/02/04
culture
文化と政治の関係っていうのは、
いつからだろう、たぶんその両方に興味を持つようになってからずっと
気になっていたこと。
特にフランスのことを勉強していると、
この国の文化と政治の特別に密な関係を考えずにはいられない。
パリ政治学院でも文化政策の授業があったし。
植民地政策を考えるうえでも、文化的支配への言及は欠かせない。
そんなわけで、米・仏・日の文化システムを巡る国際シンポジウムが開かれると聞いて行ってきました☆
本当は卒論審査を2日後に控え、他にも諸事情があったのだけど、
なんといってもジャック・ラング(André Malrauxと並ぶ手腕の元文化大臣)が講演すると言うので
生で聞いてみたかったというのも大きいですね。
で、ラング氏の熱弁はただただ圧巻でした。
基調講演はもちろんのこと、その後の討論のときも話を振られる度に、
会場からは思わず拍手が起こるほど聴衆を引きつけていました。
ただ、良くも悪くも、フランス的だなぁという感じ。
文化の力を軽視しないことは大切なことだと思うし、その点ではフランスは優れていると思う。
ただ、それを力として政治的に利用することには、やはり抵抗を感じる。
その分、政治家としてではなく研究者としての観点に立っていたもう一人の講演者、
フレデリック・マルテル氏の発言の方が共感できる部分が多かったのかも。
彼の著書『超大国アメリカの文化力』(De la culture en amérique)にも目を通してみたいもの。
しかし、このシンポジウム一環して気になったのは
Une culture peut-elle être nationale? ということ。
訳しづらいけれど、要は文化というのは果たして特定の国と結びつけることができるものなのだろうか、
というようなことです。
文化に国民性がある、とは思えない。
だとしたら、ナショナルな性質を文化に付与してもよいものだろうか。
もっと言えば、そうしないと文化は「力」を持つことはできないのだろうか。
いつからだろう、たぶんその両方に興味を持つようになってからずっと
気になっていたこと。
特にフランスのことを勉強していると、
この国の文化と政治の特別に密な関係を考えずにはいられない。
パリ政治学院でも文化政策の授業があったし。
植民地政策を考えるうえでも、文化的支配への言及は欠かせない。
そんなわけで、米・仏・日の文化システムを巡る国際シンポジウムが開かれると聞いて行ってきました☆
本当は卒論審査を2日後に控え、他にも諸事情があったのだけど、
なんといってもジャック・ラング(André Malrauxと並ぶ手腕の元文化大臣)が講演すると言うので
生で聞いてみたかったというのも大きいですね。
で、ラング氏の熱弁はただただ圧巻でした。
基調講演はもちろんのこと、その後の討論のときも話を振られる度に、
会場からは思わず拍手が起こるほど聴衆を引きつけていました。
ただ、良くも悪くも、フランス的だなぁという感じ。
文化の力を軽視しないことは大切なことだと思うし、その点ではフランスは優れていると思う。
ただ、それを力として政治的に利用することには、やはり抵抗を感じる。
その分、政治家としてではなく研究者としての観点に立っていたもう一人の講演者、
フレデリック・マルテル氏の発言の方が共感できる部分が多かったのかも。
彼の著書『超大国アメリカの文化力』(De la culture en amérique)にも目を通してみたいもの。
しかし、このシンポジウム一環して気になったのは
Une culture peut-elle être nationale? ということ。
訳しづらいけれど、要は文化というのは果たして特定の国と結びつけることができるものなのだろうか、
というようなことです。
文化に国民性がある、とは思えない。
だとしたら、ナショナルな性質を文化に付与してもよいものだろうか。
もっと言えば、そうしないと文化は「力」を持つことはできないのだろうか。
2009/01/24
Black diamonds
たまたまついていたテレビから、
Black Economic Empowerment (: B.E.E.)という単語が聞こえてきて、
思わずその番組を追った。
南アフリカの特集。
南アフリカでは、アパルトヘイトで生まれた格差を是正するために、
BEEと称して、株主や経営者に占める黒人の割合を増やすなどの黒人優遇政策が採られてきた。
いわゆる経済界の実権を握る階層のほとんどが、いまだに白人であることを考えれば、
この政策の持つ意味はわかる。
信じられないようなことだけど、私が小学校に通っていたころ、
この国には支配と被支配の2つの「人種」しか存在しなかったのだから。
・・・もし小学生の私がこの地に足を踏み入れていたら名誉白人という支配人種にカテゴライズされていたのだ。
けれど、この政策はblack diamondと呼ばれる、黒人の富裕層を排出しただけで、
貧困層には無縁のものだった。
そのことによって、黒人の間にも大きな格差が生じ、暴力のもととすらなった。
というような話。
黒人エリート。
彼らは長年の夢をようやく手に入れたサクセス・ストーリーの体現者でもある。
一方、かつての黒人居住地区だったソウェトは今もスラム街だけど、再開発が進み、
2010年のワールドカップに向けてスタジアムも建設中だとか。
マンデラの許しと共生。それがなければ未来には進めない。
サンゴールの忘却も同じ構造で、
忘れる(J'oublie)と詠むことで忘れ難き過去を永遠に詩の中に記憶し、
一方で対話と共生の未来のために、忘却の意思を表明したのだと思う。
しかし、未来に進むことのできる基盤はそう簡単にはできないんじゃないか。
エリートと民衆の乖離も、その基盤の脆弱さを象徴していると思う。
Black Economic Empowerment (: B.E.E.)という単語が聞こえてきて、
思わずその番組を追った。
南アフリカの特集。
南アフリカでは、アパルトヘイトで生まれた格差を是正するために、
BEEと称して、株主や経営者に占める黒人の割合を増やすなどの黒人優遇政策が採られてきた。
いわゆる経済界の実権を握る階層のほとんどが、いまだに白人であることを考えれば、
この政策の持つ意味はわかる。
信じられないようなことだけど、私が小学校に通っていたころ、
この国には支配と被支配の2つの「人種」しか存在しなかったのだから。
・・・もし小学生の私がこの地に足を踏み入れていたら名誉白人という支配人種にカテゴライズされていたのだ。
けれど、この政策はblack diamondと呼ばれる、黒人の富裕層を排出しただけで、
貧困層には無縁のものだった。
そのことによって、黒人の間にも大きな格差が生じ、暴力のもととすらなった。
というような話。
黒人エリート。
彼らは長年の夢をようやく手に入れたサクセス・ストーリーの体現者でもある。
一方、かつての黒人居住地区だったソウェトは今もスラム街だけど、再開発が進み、
2010年のワールドカップに向けてスタジアムも建設中だとか。
マンデラの許しと共生。それがなければ未来には進めない。
サンゴールの忘却も同じ構造で、
忘れる(J'oublie)と詠むことで忘れ難き過去を永遠に詩の中に記憶し、
一方で対話と共生の未来のために、忘却の意思を表明したのだと思う。
しかし、未来に進むことのできる基盤はそう簡単にはできないんじゃないか。
エリートと民衆の乖離も、その基盤の脆弱さを象徴していると思う。
2009/01/17
finito!!
しばらく更新が停止してしまってごめんなさい。
ちょっとした反動でパソコンに向かって文章を量産する気になれなかったもので。。。
というのも、
14日に卒論を提出してきたから♪
製本された50ページの厚みにちょっと達成感。
題して、『アフリカの知的エリートの思想形成における植民地主義の影響―サンゴールの場合―』
読んで感想をくださる奇特な方がいらしたらご一報を。(注:フランス語)
フランス語でちょっとした雑誌論文くらいのものを書くということは、
学部4年の私たちには、もちろんそれなりの労力を要すること。
でもやっぱり、それなりの労力を費やせば、それなりの収穫もある。
現時点でこれだけ集中的に文献に目を通したことはなかったし、
50ページ書いたこともなかったから、
語学だけでも少しは力が伸びたはず。
論文の書き方ということに関しても、学んだことは多い。
冬休みに初稿の書き直し作業に入って、
中間発表のために用意した自分の草稿の拙さに愕然。。。
とすると同時に、初めて進歩を実感できた瞬間でもあった。
2年生になって進学先を決めるとき、
今のところに進もうと決心する決め手となったのが
この卒論の存在。
フランス語で1つ論文を書くということに挑戦してみたいと思ったから。
そして唯一全力を出せたと思えることかもしれない。
「卒論だから~」と言っていろんなサポートをくださった皆さんのお蔭です。
本当に一人じゃ書けなかったよ。
merci à tous!!
ちょっとした反動でパソコンに向かって文章を量産する気になれなかったもので。。。
というのも、
14日に卒論を提出してきたから♪
製本された50ページの厚みにちょっと達成感。
題して、『アフリカの知的エリートの思想形成における植民地主義の影響―サンゴールの場合―』
読んで感想をくださる奇特な方がいらしたらご一報を。(注:フランス語)
フランス語でちょっとした雑誌論文くらいのものを書くということは、
学部4年の私たちには、もちろんそれなりの労力を要すること。
でもやっぱり、それなりの労力を費やせば、それなりの収穫もある。
現時点でこれだけ集中的に文献に目を通したことはなかったし、
50ページ書いたこともなかったから、
語学だけでも少しは力が伸びたはず。
論文の書き方ということに関しても、学んだことは多い。
冬休みに初稿の書き直し作業に入って、
中間発表のために用意した自分の草稿の拙さに愕然。。。
とすると同時に、初めて進歩を実感できた瞬間でもあった。
2年生になって進学先を決めるとき、
今のところに進もうと決心する決め手となったのが
この卒論の存在。
フランス語で1つ論文を書くということに挑戦してみたいと思ったから。
そして唯一全力を出せたと思えることかもしれない。
「卒論だから~」と言っていろんなサポートをくださった皆さんのお蔭です。
本当に一人じゃ書けなかったよ。
merci à tous!!
2009/01/08
sept herbes

せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ
春の七草で七草粥。
それにしても1月はいわゆる「日本的」な習慣がたくさん残っている気がする。やはり1年の初めだからなのか。
お正月らしいことはあまりしなかった我が家でも、
祖父母から送ってもらったつきたてのお餅と、叔父からもらったナマコと、
子どもたちの好きな紅白なますは食べました笑。
以前フランス人の先生に「ナマコって何?」と絵を描かされたのだけど、
絵に描いて説明するモノでは決してない気がする。。。
年末に近所を歩いてみると、見る家ほとんどが松飾りをつけていたり、
授業が再開して学校に行けば、みな口々に「おめでとう」と言う。
やがて成人式には振袖姿の新成人が街にあふれ、皇居では歌会始。
歌会始って今でこそ天皇は燕尾服、皇室の女性たちはカラフルなドレスで、テレビ中継だけど、
お題を決めて持ち寄った歌を披露し合うというのは、よく古文とかに出てきた世界ですよね。
文学的才能がステータスになるというのは風情があっていいなと思ったり。
そういえば先日、学部長が荒川洋治を引いて
「実学偏重の世の中だが、文学こそ実学である。」という話をしてました。
今の世界情勢ではいわゆる実学の脆弱性が露呈したようなものだが、言葉というのはときに
その人の世界観を変えるほど大きな影響力を持つという点で真に力を持つといえるのではないか、
というようなお話。
彼の詩は読んだことないので、コンテクストはわからないし、学問云々という観点では疑問も残るけど、
ことばの力は実によく表現されていて共感する部分もあるなあと。
ことばの力に気づくときが何よりも感動するもの。
2009/01/02
famille
うちは4人家族。でも去年は私がいなかったから、3人でした。
さらに4月からは姉が実家を出たので、両親2人。
夏に私が戻ってやっとまた3人。
とはいえ、平日は特に家に揃わないこともしばしば。
そんなわけで、珍しく家で過ごすことになったこのお正月は、
一家4人が久しぶりに集って、却ってにぎやかで、
卒論のために家に篭っていた分、ゆっくり充電できたのでした。
インスピレーションのわかないレポートを抱え、
大晦日のお祭りを境に眠りについてしまった街をにらみながら、
ろくにお正月気分も味わえずに過ごした元日が、
もしかしたら去年一番きつかったかもしれないなどと思い出しながら、
今年は質素でもあたたかみのある、いいお正月だったなぁと、
4つ並んだティーカップを見て、しみじみと幸せをかみしめたり。
鶏口より牛後、小さいながらにいつも背伸びをして大きい人たちについていくのが好きな私ですが、
今年は地に足をつけて、足場を固めるのが目標。
見栄を張らずに穴を丁寧に埋めること、それができる進路を考えたつもり。
登録:
投稿 (Atom)