とはいえ、大晦日も元旦も、なんというか、同じ365分の1にすぎないと思うのだけど、それでも新しい年が始まるという意識を持つことになにか意味があるとすれば、それはひとつの区切りや契機になりうるからでしょうか。
友だちの表現を借りるなら「ひとつの扉を閉めて、新しい戸を開ける」ということ。
過去がなければ現在には至れないのだから、
どんなことがあっても、過去を否定する必要はないと思うけど、
ときが来たら扉を閉めて、区切りをつけることも大事だ。
(という私はどちらかというと過去が好きなのだけどね
・・・別にだから歴史をやってるというわけではありません)
新年の決意をフランス語ではrésolutionというのだけど、
この単語、数学の「解」と同じ語で、動詞にしても解きほぐすという意味がある。
日本語の決という字にも決断、のように切るという意味があるのと似てるのかしら。
絡まっていたものをほぐして「解決」するということは、
つまり答えにつながる紐をひっぱり出して、
そのほかのものと引き離すということかな。
昨年はいろいろな意味で変動の大きな年だったといえるに違いない。
その過去を否定するのでも忘れるのでもなく、そっと扉を閉じられるだろうか。
あたらしい環境のなかで歩いていけるように、私も小さなrésolutionをしてみよう。
ところで・・・
新年早々、ユッスー・ンドゥールがセネガルの大統領選に立候補するというニュースが入ってきたのだけど、うーん。
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