2009/05/04

quoi de neuf?

初めて通った日仏学院のクラスは、会話の授業で、
毎週授業の始めに“Quoi de neuf?”と言って近況報告をさせられた。
直訳すると「どんな新しいことがあった?」というところ。

その頃高校生だった私はあんまりネタに困った記憶はなく、
ただそれをどうやってフランス語にするかとか、それにどういったコメントをつけるかとかに
頭を悩ませていた気がする。

実は、大学で取っているフランス語会話の授業でも、
やはり毎週授業の始めにこの近況報告をする習慣がある。

そして今はこの“quelque chose de neuf”=何か新しいこと、を見つけるのに頭を悩ませることが多い。
学業のことばかり話しても面白くないから、毎回ちょっとした非日常を探すというわけ。

これってけっこう大事なことじゃないかなーって思う。
ちょっとした変化に敏感になるということ。
結局のところ、どんなに「日常」と言ったってまったく同じということはあり得ないのだし、
そうやって「新しい」ことを発見できる楽しさっていうのはある。
時が先に進むっていうことは、この発見が増えていく可能性を秘めているということで、だから楽しいことなんじゃないかと思うのです。

ただし、さらにもう一段踏み込んだことを言えば、
前に書いたような過去にまつわる記憶も、それが現代に生きられたものであることを考えれば
この再記憶化の過程というのも「発見」の1つと言えるのだと思う。

「故きを温ねる」ことも、それが源泉となるのだから「先に進む」ことと異なるものではないんじゃないかな。

というわけでゴールデンウィークのnouvelle(新しいこと/ニュースの意)は社会人になった友人たちに会って、「相変わらず」ぶりを確かめ合ったことでした☆

2009/04/25

memory≠history?

大学院生活にも少しずつ慣れてきました。
でもなんというか、時間の流れがものすごく密。
流れが密って、変な表現だけど、
日々を送るということが、たとえば時間という流れに揺られてどこかへ向かっていくということだとしたら、
今は量も幅もある豊かな流れの中に身をおいているという感じなのです。

私たちはこうして流れの中で絶えず動き続けている。
なんだ、また同じところに戻ってきたじゃないかって思うこともあるけど、
それだって―時間を海に譬えるなら、その海の状態だって―やっぱり絶えず変化しているのだから
2度と同じということはありえないのだ。

・・・などと考えながら前に進むのですが。
それはさておき、大学院初の発表を終えました。

発表といっても訳読なので、プレゼンテーションではないのだけど。
読んでいるのは、かの大作『記憶の場』("Lieux de mémoire" Pierre Nora編).

そこで歴史と記憶の区別が重要となってくるのですが、
非常に乱暴な区分をすると、過去に属するものが歴史、現在に属するものが記憶。
で、編者曰く、記憶の場というのは、一言であらわすと「現在のなかにある過去の相対的構造」、
あるいは「再記憶化の過程」、つまりその両者をつなぐものなわけです。

これはなかなか面白い問題で、
たとえばホブズボームも『帝国の時代』の序章で、
一般化された記録としての過去を歴史、個人の経験としての過去を記憶と呼んで区別し、
両者の間の曖昧な領域の存在を指摘したうえで、
その正確な認識が困難であること、しかし重要であること、を主張している。
この本が書かれた1980年代において、『帝国の時代』はまさにこの曖昧な領域に属していたということだけど、果たして今日、『帝国の時代』はもはやこの領域を脱したと言えるのだろうか。。。

記憶は再記憶化された後も、やがてまた新たな記憶となって継承されていくもので、
言ってみればそのために、意図的に「再記憶化」という行為がなされるようなもの。
だから「記憶の政治学」なるもの(という授業を私がシアンスポで受けていました)も存在するのよね。

そういう意味で確かに「帝国の時代」は再記憶化という行為を免れないわけで、
政治的に、この曖昧な領域に押し留められてるとも言える。
私の勉強している分野を歴史と呼ぶ人がいるけれど、
この時代をこうした曖昧な領域から救い出す、という観点からすれば、それは正しいのかも。

とはいえ、この再記憶化を経ることによって、この問題は常に現代性を持ったものとして現れていて、
要するにそれがポスト・コロニアルということなのだろうけれど、
それはグローバル化のような現代の文脈において捉えなおさなければならない問題でもあって、
決して過去に葬り去ることはできないとも言える。

私のことを知っている人に研究テーマを話すとよく、
「もっと現代のことをやってるのかと思った」といった反応が返ってくるのだけど、
私は現代のことをやっていないつもりはないんだよなぁ。
と、いうことは、私が扱ってるのは、まさにそのギャップなのかもしれない。

2009/04/05

independance

4月4日はセネガルの独立記念日。
今年は49周年。来年はダカールに見に行きたいなぁ。。

今年のテーマは
"les forces de défense et de sécurité au service de la diplomatie"
直訳すると、防衛と安全保障部隊の外交奉仕。

独立記念日には慣例の盛大な軍隊の行進が行われる、というのはフランスも同じなのだけど、
やっぱりこういうハレの舞台に軍隊が堂々と登場するのを見ると、ちょっと身構える。

国際政治の駆け引きを動かすのは「力」であり、
どんなにソフト・パワー、スマート・パワーという概念が説かれるようになったといっても、
いまだに軍事力のような古典的な力の占める位置は大きいのだ、ということを瞬時に思い出させられるからだろうか。

その国に対する自分の
étrangeté=外性を突きつけられるからかもしれない。

生活というレベルにズームを合わせていたのが、
カメラが引くと突然「国」という枠が現前化してしまう。

これは外国のことを勉強しようと思ったら必ず向き合わなくてはいけない問題なのでしょう。
「よそものの視線」それは意外に鋭いもので、
ときにとても有益だけど、同時に危険性も孕んでいるし、だから警戒もされる。
うまく付き合っていくしかないのです。

2009/03/31

apprendre

更新が止まってしまっていたのは、立て続けに東京を離れていたから。

京都に行った次の週は福岡に里帰り。

その次の週は大学の前半を共に過ごしたクラスで卒業旅行@松島。

帰ってすぐに、今度は卒論・院試のために数ヶ月お休みしていたオーケストラに復帰すべく
合宿に参加@河口湖。

そうこうするうちに今年度も終わり、気づけば卒業でした。

卒業式の後の懇親会で突然挨拶を頼まれ、大急ぎで大学生活を振り返ってみて何より思ったのは、
考える楽しさや、知る喜びを覚えたのは大学時代だったということ。

大学に入ってからも例えばどの学部に進学するかとか、留学するかとか、その先のこととか、
岐路はたくさんあって、
その度に自分の生き方を問い直したり、
果てはもっと普遍的な人のあり方にも考えを巡らせたりもして。

考えすぎると混沌の中に迷い込んでしまってなかなか抜け出せないのだけど、
それでも考えるのをやめることができないくらい、
それはもう私の一部というか、私が私である証、まさにcogito ergo sum.

まっさらな紙を折ったり広げたりを繰り返す作業に似ていて、
折ってまた広げて、次は別の方向に折りなおしたりするのだけど、
最初に折った跡があるから次はもうちょっと複雑な折り方ができたりするわけで。
あるいは折り重ねすぎると分厚くなって先に進めなくなったり、
でもそれを1つ1つ広げていくと、次は折りやすい。
そうやってこの作業を重ねるほど、紙にはたくさん折り目がついてやわらかくなるのだ。

だからこうして考えたことは、
答えが見つかったかどうかを抜きに、
その行為自体がきっと糧になると私は信じている。

そういう機会をたくさん得られたことも、
そして時に考えを語り合える人と出会えたことも、本当に大きな収穫でした。

2009/03/13

kyoto




学科の友だち4人で卒業旅行と称して(4人中3人は進学だけど。。。)
京都弾丸旅行してきました。

1泊という短い旅行だったけど、嵐山方面を中心に観光面でも充実してたし、
何より2年生の冬からずっと切磋琢磨し合った仲間と一緒に旅行ができたことが
個人的にはとてもとても嬉しかった。

夜行バスで着いた早朝の京都駅で、喫茶店で朝ごはんを食べながらおしゃべりしたこと。
寒い寒いと、気の向くままに、お土産屋さんに寄り道したこと。
龍安寺で感動して思わず買ったおそろいのキーホルダー「我唯足知」。
半日かけて、鈍行を乗り継いでの帰路。浜松の駅弁屋さん。

なんというか、陳腐な言葉だけど、本当に「良き思い出」となったなぁと。

進振りのとき、迷いに迷って、この学科を選んだ決め手の1つは雰囲気だったりした。
そんな雰囲気に包まれて充たされたのでした。

2009/03/08

repetition

三越でやっている土門拳の写真展に行ったついでに、
隣ビルで展示してある三井家のおひなさまを見てきました。

それで、ふと思い出して久しぶりに読んでみた、石井桃子作『三月ひなのつき』

  

小学生のころ、たぶん主人公のよし子と同じ年のころ、本棚に見つけて読んだ本。
母に話したら、自分の成長と共に、年々違った捉え方ができるから、毎年おひなさまの頃に読んでごらん、と言われ、そんな本の読み方があるのかと新鮮だった覚えがある。
というのも、当時の私にとって、新しい本を読むことはいいことで、
気に入った同じ本を何度も読むのは、なんとなく怠惰な後ろめたいことのような気がしていて、
毎年繰り返して読むことを推奨されるなんて、なんだか特権的な感じがしたのだ。

それでも結局すっかり忘れて全然読まなかったこともあったけれど、
時々こうして思い出して、もう何度も読んだ。

一年前の3月3日に父親を亡くし、お母さんと二人でつつましく暮らす小学生のよし子が、学校の帰りにデパートのショーウィンドウでおひなさまを見た、というところから話は始まる。
よし子のお母さんは昔木彫りのとても素敵なおひなさまを持っていたのだけれど、
それが戦争で焼けてしまって、でもそのおひなさまがあまり素敵だったので、
規格品を買い与える気になれず、よし子はまだおひなさまを持っていないのです・・・

本の紹介には「ひなまつりを通して母と子の心の交流をすがすがしく描いた童話」と書かれている。

昔読んだときは、よし子の気持ちを毎年いろいろな角度で捉えていたのが、
今はもうお母さんの気持ちを考える部分が多くなった気がして、ちょっと感慨深い。


「ママは、あなたが大きくなるまで、毎年おひなさまのころにこの本を出して読んでほしいと思います。きっとママの気持ち―何故この本を読んでほしかったかという―が段々にわかってくれると思います。」
忘れていたけれど、巻末には祖母から母へ、こう書き添えられていた。

母も何度も読んだのだろうか。
私も自分のおひなさまって持っていないのだけど、
この本をこうして母娘で読み継いでゆくことがその代わりをなしてるみたい。

2009/02/28

sahara

初のサハラ行きがついに実現しました。

といってもsahara japonais
・・・千葉県佐原市(正確にはサワラと読む)に日帰り旅行。
(もっと正確には、最近市町村合併で香取市になったらしい。)

パリから京都に留学中の友人が、
春休みに東京に数日滞在するというので、
旅行を企画。

当初は様々な候補地が挙がっていたのだけど、
結局日程・予算などの関係で、東京近郊に日帰りで行こうということになり、
生協の本屋でガイドをめくっていて見つけたのがこの佐原。

ガイドで見るまでほとんど知らなかった利根川水郷地帯。
小江戸と呼ばれる昔ながらの街並み、重要伝統的建造物が保存されている地域で、
伊能忠敬ゆかりの地らしい。

朝日暮里を出発、京成線にゆられて成田からJRに乗り換えようと歩いていると、
「成田山」の文字が。
というわけで、さっそく予定を変更して(笑)まず参拝。

かなり広い境内で、
遠足に来ていた幼稚園児がちょろちょろかわいい。
ちょうど梅も見ごろでした。

気を取り直してJR乗車。
佐原について、お昼は鰻。この辺りの名物なのかな。
実は生まれて初めて白焼きを食べました。

建造物、街並みを見ながら散歩するも、小雨にあたり、
寒さしのぎに伊能忠敬記念館へ。

地図の精密さ、というより、作業の細かさ、緻密さに圧倒されました。
正確な測量というだけで「すごい人なんだなあ」と幼心に思ってたけど、
その工程を改めて追ってみると、そんなもんじゃない。
半端ない几帳面さは、見ていて気持ちいいくらいで、
でも私だったら恐らく県1つ分くらいで飽きてしまいそうな緻密な作業を、
徹底的にやりぬいた根気はけっこう感動的でした。
しかも測量に行ったの70歳くらいだったような。。。

というわけで留学生は伊能忠敬さまの偉大な存在を知ることのできた有意義な旅となった模様。

東京に戻って、地鶏鍋をみんなでつついて、
満足な一日となりました。

次は半年後・・・