2012/03/31

elections

このブログを読んでくれているひとなら、もしかしたらニュースを追ってくれてたかもしれないけれど、
セネガルに新政権が誕生しました!!

独立セネガル4人目の大統領にして、初の独立後世代、1961年生まれ。
推定85歳以上といわれていた前任のWade氏の再選を免れたことで、随分と若返りを果たしたわけ。

初代大統領サンゴールが高齢を理由に早期辞任したその同じ年齢で、
初の政権交代を実現して大統領に当選したWade氏は、実はセネガルで複数政党制が許可されてから初めて、そして当時大勢を占めていたサンゴールの社会党に対する唯一の対立候補として長年立候補し続けてきた闘士だったから、2000年の政権交代は独立セネガルの大きな転換点だったのかもしれない。
そもそも独立前夜の1950年代、急進的独立派の学生団体の一員として既に活動していたことを考えると、独立移行期、あるいは草創期の統治に対する反体制派の台頭という流れのなかにセネガル政治は納まっていたともいえる。
その意味で、新しい政権の誕生は、セネガル史のページをめくる可能性を秘めているはず。

でも何より歓迎すべきなのは、
結局政権にしがみつこうともがき始めていたWade氏の3選を防げたということ。
政権交代を果たした際にWade氏が前任Diouf氏から受けたように、投票終了後、早々に(公式結果の発表を待たずして)Wade氏は敗北を認め、後任Sall氏を祝福したのだ。

私が初めて訪れた2009年の時点で既にセネガルは3年後の大統領選の話題でもちきりでした。
というのも当時大統領だったAbdoulaye Wadeの息子Karim Wadeが、首都ダカールの市議会選で落馬したのち、大臣に任命されたばかりだったから。
息子の政界進出で、大統領の職を継承させようとしているWadeの意図が見え隠れしはじめていたのでした。

Karimの落選はセネガル市民からのサインだったはずなのだけど・・・
結局それでも聞く耳を失ってしまったWade氏は息子に当選の見込みがないとわかると、自らの出馬に方針転換、その後息子に譲渡(?)するため、決選投票を廃止するとか、副大統領職を創設するとか、なんだかんだと憲法改正に着手しはじめたので、ついに市民社会もM23運動という反体制運動を結成。
大規模なデモや集会を重ねて、改正法案の提出を阻止したり、
かなり大きな勢力を形成していって、
文字通り国をあげて大々的な攻防戦が展開されることとなったのです。

そんなわけで今回の大統領選の最大の争点は、
Wade氏の再選防止という呈をなしていた。
一方で、反Wadeの声が強くても、我こそは、と、候補者が続出した分、
票が割れて結局再選っていうシナリオも大いにありえそうな状況でもあった。
何より野党に決定的な対立候補が欠けていたわけ。

そんななか、もうひとつ注目を集めたのが、
超有名歌手、ユッスー・ンドゥールの出馬表明。
セネガルを知らない人でもユッスー・ンドゥールは
日本ですらわりと有名なんじゃないかな。
その知名度と人気で、強力な対立候補が登場したのではないかと、
けっこう話題をよんでいました。

ところが結局投票1ヶ月前にして憲法評議会は、Wadeの出馬を正式に承認すると同時にYoussou N'Dourの登録を却下する決定を発表して、いよいよ緊張が高まったのでした。
権力確保をWade氏があの手この手で画策しはじめてからは、最も確実な再選阻止の方法と思われた、出馬そのものを断念させるという道もここで閉ざされてしまったからには、反Wadeという民意をきちんと票に反映させることができるか、すべては投票にかけられたわけ。
今度はどんな手で再選を正当化しようとするのだろうか、でもそうなったら、市民の抗議はいよいよ激しくなるんじゃないか・・・心配されただけに、敗北を認めざるを得ないほどWade氏に大差をつけることができたのは民意の大勝利だったのでした。

ちなみにユッスーの出馬が注目を集めたのは、単にその知名度だけではなく、
彼がいわゆるエリート層に属していなかったから。
というのも、西アフリカには伝統的にグリオといって、王族に仕えてその栄華をたたえた詩を詠うことを生業とする人たちがいて、彼らは特定の家系、さらには特定の社会階層に属しているのだけど、ユッスー・ンドゥールはまさにこのグリオ出身なのです。
演奏行為はどちらかというと卑しいものとされ、グリオは被差別階層に位置する一方で、
ある意味では言葉の力を操ることのできる彼らは、特に王族の繁栄には欠かせない特別な存在でもある。
この社会階層は実は現在も残っていて、結婚式をはじめとする祭典ではグリオが呼ばれるし、
たとえばサンゴールにも有名な女性グリオがいたり、あるいはユッスー・ンドゥールがグリオの出身だということももちろん、セネガル人はみな知っている。

で、グリオはグリオ。
サンゴールさまは例によって「階層差別はなくなりつつある」と仰せだったけど、
政界に特定階層の出身者が極めて少ないのもある程度事実なのだ。
だからもし、ユッスーが出馬していたら、そしてその場合はかなりあり得たことだと思われるけど、
もし彼が当選していたら、グリオが国家元首になる、というのは恐らく大きなタブーをひとつ壊す出来事になったに違いなかった。

その出馬が却下されたことは、有力候補を退ける大勢側の策略という以上に、
そういった社会的要因が作用した結果だったのではないか、という分析もされている。

そんなわけで新しい大統領は純・政治家。
まあもともとはWadeの側近で、首相も務めたことがあるくらい。
でもやはり独立後世代ゆえに可能だったであろう新しさは、有力者の家系、エリート階層、ではないこと。

もしもM23の抵抗によって憲法改正が阻止されていなかったら、
第一回投票で25%以上獲得していたWade氏が決選投票にかけられることなく再選していた今回の選挙。そう考えるとやはりSall氏は大衆の力で大統領の座にのぼりつめたといえるのかもしれない。

そんな大衆の期待の高まるなかで、どこまで民主的な大統領像を築き上げることができるのか。
あるいは、どこまで大統領像というものを崩して、民意を体現できるのか。

セネガルは民主主義の伝統(“優等生の名誉”)を守りぬいたという「国際社会」の歓迎をよそに、
本当に新しいページをめくることができるのか、大統領に向けられたセネガル市民の視線は厳しそうです。

2012/03/21

printemps

・・・そして、パリへ戻ってきてみたら、もう春が訪れていました♪



わかるかな?近所の公園では桜が満開。

春って五感を全部呼び覚ましてくれる気がするのよね。
春の光、春の風、鳥のさえずり。

感覚が解放されるということは、多少の緊張が解けていくということで、
ちょっとしたアンラッキーを受け容れやすくなる。(気がする・・・)

今年度こちらへ来てから半年。
新しい環境にも慣れてきたということでしょうか。

2012/03/07

Aix en Provence

私の今通ってる学校は授業が11月に始まったので、
前期と後期の間は休みなく連続して授業が行われる・・・という説明に納得していたのは、
やはり日本の概念に囲まれて生きてきた証拠でした(笑)

そんなわけで特に説得的な理由はないような気をよそに、
授業のない空白の期間が突如として出現したので、
その機会を利用して南仏はエクサンプロヴァンスまで、調査旅行に行ってきました。

Aixというのは水の街、水源があるので石畳の小道のあちこちに噴水があって、
地中海の香りのするきれいな街ですが、
植民地関係の行政文書を保管している史料館のある場所でもあり・・・
後者の理由で訪れたわけです。

  

アーカイブっていうのは集中して連日通う場所なの。
だから係のひともいつも「また明日」って言う。
それで時期が重なったひととは顔見知りになる。
だいたいエクスのような小さい街で、しかも中心街は徒歩圏外だったりすると、
お昼を食べる場所までみんな一緒だったりして(笑)
今朝は収穫なしだよ・・・なんて友だちと話してると
隣の席に座ってた先輩研究者が、あるある、って同意してくれたりするのだ。

アーカイブという特殊な空間に篭って一次史料とにらめっこって
歴史家のもっとも地味な作業の象徴という感じなのだけど
その分こういう交流はとてもありがたかったりする。

そして今回は同じ西アフリカ研究の友だちと日程を合わせて同行、
着いてみたら偶然(というか上記の理由に鑑みるとある程度当然)同じ学校の別の学生ももう1人来ていたので、いちいちフィードバックができて、
留学したての私にとっては、ようやく自分の立ち位置を少しずつ実感できる体験でもあり、
そういう意味でもとてもいい滞在となったのでした。

2012/02/21

Merci



誕生日はいつも入試だったり、今年は論文の中間発表だったり・・・
でもそれは好きなことを追求しつづけることができているということで、
とても幸せなことだなぁとふと思うのです。

この世に生まれてきたということは、
家族をはじめ、友人たち、あるいはそれ以外の世界のいろんなひとの人生と
私の人生が交差していくということ。

交差、つまり掛け算である分、
足し算以上の効果があるといいなと思う。

いろんなひとに思いを馳せる2月。

2012/02/12

raclette

少し間があいてしまったのは、
論文が佳境に入ってきて引き篭もってたから・・・などではなく(笑)

論文が佳境に入ってきたからこそ、積極的に気分転換をしようと決めたから。

酸素をいっぱい取り込んだほうが、燃料の勢いがよくなる。
少なくともパリの学生生活はそういうリズムで動いていて、
そういう環境に身をおくのだから、やっぱりそのリズムに乗ってしまったほうが調子がいいのだ。

映画もコンサートも展覧会も、あるいは講演会もサイクルになっていて、
一度行きだすとどんどんいい情報が入ってくるけど、その逆も然り。
これだけ文化的に豊かな環境を与えられているのに、やっぱりそのなかに身をゆだねないのはもったいないものね。

―――

さて、そんなわけで、この間は高校のときのお友だちと食事に出かけました。
もうほとんどが就職してる同級生たちの大半は地元ブルゴーニュに残ってるのだけど、
パリや近郊に住んでる子も何人かいるので。

日本で冬といえばお鍋だよねーという感じだとしたら、
フランスで冬の間に食べたい料理のひとつにラクレットというメニューがあります。
もともとスイスと、スイスに近いフランスのサヴォア地方の料理で、
溶かしたチーズをじゃがいもやハムにかけて食べる・・・といえばアルプスの山小屋のイメージがわくかしら。

実際私たちが行ったお店もこんな感じで山小屋を模した内装。

  

チーズはこんな風に電熱をあてて溶かして、表面を削ってかけます。
  
ラクレットというのは削り取るという動詞raclerの名詞形なのです。

ちなみにお腹がふくれちゃうから、一緒に飲むのはお水じゃなくて絶対に白ワインよ!
と昔スイス人のお友だちが教えてくれたのを思い出します。。。

まあそれでもお腹ふくれましたけど(笑)
楽しい冬のひとときに身も心も満たされたのでした。

2012/01/23

dimanche parisienne

親友がパリに戻ってくるというので1日お出かけ。

彼女とは、シアンスポ時代によく一緒に美術館めぐりをした思い出があって、
久しぶりに文化的なことしなきゃね、といって
改修したばかりのオルセー美術館に行ってきました。



色彩、空間、配置で、作品の印象はだいぶ変わるんだな、というか
久しぶりに訪れたということもあってか、今までとは違う作品が目にとまることが多くて、
常設展が充実してるフランスの美術館の醍醐味を思い出しつつ、
学生特権のあるうちにもっと来ようと改めて思ったのでした。

帰り際に喫茶店によって、絶えないお喋りに花をさかせ続けているうちに、
去年フランスで大ヒットした映画の話に。
"Intouchables"という映画、『最強のふたり』という邦題で実は東京国際映画祭のグランプリにも輝いてるみたいですが、とにかく笑える!という評判とは裏腹に、
「郊外に暮らす黒人青年が介護することになる全身不随の白人富豪との交流」といういわば陳腐な設定が、「黒人奴隷が白人の主人を笑わせる」という古典的な人種差別のテーマ系におさまってしまうといった指摘もあって、評価が二分されているのです。

私も最初はその設定ゆえに素通りしてたのだけど、
異例のヒットで、あまりにも「お勧め」されるので、気になり出していたこの映画。
やっぱり自分の目で確かめなきゃ、ということで、そのままカフェをあとにし、映画館へ。

結論からいうと、個人的には気になるところもありつつも、それなりに楽しめました。
たとえば「人種」の設定は、たしかに演出のひとつにはなっているけど、それは舞台装置にすぎないと感じられる程度に背景におさまっていたからかな。
でも本当に考えるべきなのは、映画そのものよりも、この映画が大ヒットして、フランスで暮らす人びとが「大いに笑った」という事実のほうだと思う。
私は背景におさまっていると感じた、つまり別の装置でも同じように目立たないものであれば違和感はないだろうと思うのだけど、
本当は装置は前景にあるのに、自分のイメージのなかにある装置と一致しているために意識されなかったということだとしたら・・・
しかも大衆受けするということ、それもコメディとして、というのは後者の可能性が高い。

経済危機にもかかわらず、あるいはそれゆえに(?)
去年フランスでは映画館、美術館ともに観客数が大幅に増加したという事実と併せてちょっと考えさせられる現象かも。

もしかしたら自分もその現象に乗りつつ、
それも含めて文化的なパリを旧友とともに1日満喫できたいい休日でした☆

2012/01/19

en paix avec soi

こっちに来てからずっと気になってる表現に"être en paix avec soi"というのがある。
paixは英語のpeaceに相当するので、直訳すると自分自身と平和な関係にある、ということ。あるいは、自分と仲良くする、といった感じでしょうか。

要するにありのままの自分を受け容れるということなのだろうけど、
これがフランスではとても大事な価値基準になっている気がします。
個人主義の国といわれる所以だけど、
この価値観を体現している友だちの生き方はけっこう説得力がある。

社会的評価に左右されるべきではない、なんてよく言うけど、
実際は他人の目というのはある程度内在化されているもので、
だから自分のなかで葛藤が起きたりするわけだ。

フランスにだってもちろん一定の風潮を生み出す「社会」というのがある。
それでもいろんな人がそれぞれに堂々と生きているように見えるのは、
みながどこかで「好きにすればいい」と思ってるからのような気がする。
社会が寛容で多様な生き方を受け容れているというよりは、
個人個人が自己の生き方を受け容れることで
それぞれが勝手に社会に自分の場所を確保していっているのだ。

こういう生き方に接するのは、まあ疲れることもあるけど、人生を楽しむヒントを得られたりもする。

葛藤を乗り越える、あるいは無効化するという発想、
つまり現実から理想に向かって進んでいけばいいのであって、
理想と現実とのギャップに悩まされる必要はないということだ。
これって単なる視点の転換なのだけど、研究生活においても大事なことなのよね。