2011/11/30

identity

今年度、私が受講することにした授業は5種類、隔週の授業があるので週3コマ、
あとは国立図書館で論文を書くという学生生活です。

・帝国史・植民地史
・建国の英雄、ネーションの父:現代アフリカにおける偉人の創造
・パン・アフリカニズム:歴史学および人類学的分析
・奴隷貿易・奴隷制社会およびポスト・奴隷貿易・奴隷制社会の文化・社会史
・イスラーム教サヘル地域(セネガル、マリ、モーリタニア...)の人類学

各授業だいたい10人前後、多くても20人弱くらいのゼミ形式で、
必ず発言を求められるものもあれば、基本的に先生の講義というもの、ゲスト・スピーカーがいる授業まで
いろいろ・・・というわけで雰囲気としては日本にいたころと似ているかもしれない。

日本でも頭のなかに浮かんだことを
論理立てしてコメントしたり質問したりするのは難しいなあと
研究会なんかではつねづね思っているのに、
フランス語で、しかも題材にしてるテクストが英語だったりして、言語間を往復しながら、
きちんと発言できるようになるのか・・・と課題の大きさを目の当たりにした初回はうーん、という感じでしたが、なんか気づいたら口を開くのはあまり億劫ではなくなってきた(日本よりも!)気がします。

アメリカ人のゲスト・スピーカーに指導教員がめちゃくちゃフランス訛りの英語で質問してたから勇気づけられたかしら(笑)

でもこの前初めて受けたサヘル地域の人類学の授業は正直とても難しかった。
なぜかこの授業私を含め日本人が3人もいるんですけどね。マニアック。

しかし授業のあとは、大急ぎで再びケ・ブランリー美術館へ。
ダカール大学の前歴史学科長Thioub先生の講演会に行ってきました。
噂には聞いていたもののいつもすれ違いで(スカイプ面談まではしてもらったのだけど)
なかなかお会いできていなかった先生と初のご対面。

情熱的かつ教育的なすばらしい講演でした。

質問セッションも負けずに情熱的な観客(笑)のおかげで活発な議論が交わされていたのだけど、一番印象に残ったのはアイデンティティに言及されたとき。

話題になっていたのはダカール大学がその名前を継承しているCheikh Anta Diopの議論。ざっくりいうと、古代エジプト文明は黒人文明であったという証明を科学的に行って、「黒人文明」を復権したとされる人物なのだけど、

「『私は黒人だ。そしてそのことを誇りに思う。』という人がよくいるが、私は違う。
たしかに私は黒人だが、そのことについて特に誇りに思うことはない。」

先生のCheikh Anta Diop批判は、
ショインカのネグリチュード批判をそのまま想起させる。

「私が黒人であることは単なる自然の摂理であって、そのことについて、何も私が誇れることはない。」と続ける先生。

「私はこの本を書いた。そしてそのことは誇りに思う。この本を書いたのは私だから。でも私を黒人にしたのは私ではない。自分のしたことじゃないのに、誇りに思うことはないでしょう。」

そう、まさにそれだ。

アイデンティティというと、
自分で自分を規定する要素と他人によって自分が規定される要素があって、
この2つが一致しないと居心地が悪かったりすることは誰でも経験したことがあると思う。
他人によって規定される要素も確実に私のアイデンティティなのであって、
私はそのラベルから逃れることはできないのだけど、個人的には「どうでもいい」というのが率直な印象だったりして。
でもこの印象はあながち間違いではないのだ、ということが
別のかたちで表現されていて、何か、すとん、と腑に落ちたという気がした。

たとえばなぜあなたがセネガルの研究をするのか、という問いの背後には、
なぜ日本人のあなたが、という視点が見え隠れする。
たしかに私は日本人だ。でもたぶんそのことと私がセネガルの研究をする理由はあまり関係ない。

自分のなしたことでなければ誇りに思うかどうか問う必要がないのと同じように、
自分のなしたことでなければ理由づけも必要ないだろう。


ただし、
自然の摂理として片付けられる肌の色もジェンダーも本当は社会的産物なのであって
それをどのように引き受けるか、というのはひとつの意思表示だということも意識されるべきだと思うけど。

だから先生が自分が黒人であることを自然の摂理とあっさりと言ってのけた文脈は、
サンゴールやCheikh Anta Diopのそれとはまったく違ったわけで、それ自体は進展かもしれない。
その進展をどう評価するべきか、という大きな問いはケ・ブランリー美術館という会場にこだまするかのようですが。

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