私の勉強してることを知ってる人によく聞かれるのが、
なんでアフリカ?ということ。
「でもなんでアフリカなのー?」
ってこの前先生にも聞かれてしまいましたが、なかなか端的に説明するのは難しいんですね。
というわけで、ざっとここに書いてみようかと思います。
first contactは、高2でフランスに留学したときのこと。
ちょうどコートジボワールで内戦があった年で、私の行っていた学校にも、
戦火から逃れて渡仏した難民の子が転入してきたわけです。
彼女の語る体験は壮絶たるもの、
長女の自分が面倒を見なくてはと言って
街に遊びに行くときも、いつも小さい弟、妹たちの手を引いていた姿がとても印象的でした。
今まで遠く離れた地の話としてしか捉えられていなかったことが、
身近な現実として容赦なく私の脳裏に刻まれてゆきました。
そんな中、私の意識をこの大陸に向かせる決定打となった文章がある。
受験勉強のために読んでいたフランス語の教科書に載っていた『ギニアの少年の夢』という文章。
ものすごく簡単にまとめると、
ヨーロッパの空港に着いた飛行機の荷物室からギニアの少年2人の遺体が発見され、
彼らのポケットには、勉強する機会を求めて渡欧を夢見たが、お金がないのでこのような形で密入国を図るしかなかった旨が記され、自分たちの死を祖国の教育環境改善に役立ててほしいと結んだ遺書が見つかったという話。
教材費にたくさん投資をしてもらっていた私には、当時行きたかった大学の先生が書いたこの文章に
出会ったことが何か示唆的に思えてならなかったのでした。
自分がたまたま恵まれた教育環境にあったことで得られた知をどうやったら還元できるか、
大学で学ぶことを見つけた瞬間でした。
勉強していく段階で必然的に浮かび上がってくるのが植民地支配とその後遺症の問題。
フランスは昔から文化大国を名乗るだけあって、文化による統治がかなり強力。
よって独立後もその影響力は衰えにくく、既存の関係からの脱却は困難なものとなりやすい。
なかでも、フランスがアフリカ大陸で一番最初に目をつけ、
以後支配の拠点として「優等生」的役割を担わされたのが
セネガル、というわけ。
ちなみに、無事合格した大学で、なんとフランス語の担当だったのが、かの文章を書いたPDV先生で、
私はアフリカに興味がある、と言い続けて、何かと面倒を見てもらい、今に至ります。
アプローチの仕方としては、
出発点は教育問題だったので、その原因となる貧困を解消するために何ができるのか、という
いわゆる「開発援助」の切り口をまずちょっと覗いて、紆余曲折を経て、
今は、現在の状況に関わるあらゆるアクター(自分も含みうる)がそれぞれ現状をどのように捉えているのか、
さらには、なぜそのような考えかたをするようになったのか、というもっと根本的な部分を解明したいというのが専らの関心事。というのは1年半くらい前に知り合った社会心理学の先生の影響大なのですが。
そんな感じで卒論も書いてます。
外国研究をやる人にはつきものの、「部外者」という立場。
でももちろん、部外者だからこそわかることというのもあるし、
それに何より、こうして根本的な部分に光を当てていると、自分に返ってくる部分はかなりある。
たとえばサンゴールの葛藤と自分の葛藤にだって、
信じがたいかもしれないけれど、共通項はあるのです。
なんでアフリカ?の疑問符の裏には、なぜそんなところに、という思いがこっそりくっついている。
別に侮蔑とか、そういうことではないけれど、まだまだ未知のものという共通認識が成り立つことは確か。
だからその「未知」を少しでも減らせたらいいなとか思ったり。
L'Afrique n'est pas plus loin que l'Europe. アフリカはヨーロッパより遠くはない。