2012/08/31

invitation au voyage



    
  三つの空と三つの山
  
  さて、どこでしょう??

  この夏は少し旅行をしました。

  たとえば美しい風景が画家や詩人に
  インスピレーションを与えたり、
  文化的教養が俳優や演奏家の表現に
  幅を与えたりするのと同じで、
  旅行には日常的な営みを豊かにする源があると思う。

嫌なことがあったとき、思い出すことができる美しい体験が必要だと言っていたひとがいたけれど、
旅行における非日常はその役割を果たしてくれるのかもしれない。

よく旅をするひとは行く先で出会うひとびととの違いよりも似ているところに惹かれていくもので
その土地の特徴を通して結局人間というものを見ていることに気づくという。

同じ夏空の下にそびえる三つの山を見ていたらそんなことがわかった気がしたのでした。

2012/08/07

Etat representé

以前留学していたときに習ったカリスマ・バディ先生の影響か、
国家というアクターが前面に出まくっているオリンピックを見ると、
どうも時代遅れという気がしてしまう。
特にスポーツ中継というのは、マス・メディアに支えられているどころか、
メディアを支える側に逆転させられていて、そのレトリックが見え透いているので
余計につくりあげられた感じがするのかもしれない。
(ルールまで変わっちゃってつまらないと思う私の感覚のほうが「時代遅れ」なのかしら。。。)
メディアによって国家の共同性が演出されていることは、
震災のときにやはり抵抗感を持ってはっきりと体感したばかりだ。

でも国家というのはひとつの枠組みにすぎず、
風土ごとに根付いていかなくてはならないものだとしたら、
その土地や年数によって違った価値が見出されてしかるべきかもしれない。

アフリカの国家誕生を扱っているとそんなことをよく思う。
それどころか、
外国にいると、
フランスにいると、
パリで移民として、移民と接して、
自分の周りに国境が現れては消えていくのを見ていると、
日常として国家というものの扱いを考えることになる。


当のオリンピックは旅行特権でテレビからも離れていたこともあって
ほとんど追わず追われずだったのだけど、それでもフランスの新聞で気になる記事を発見。

サウジアラビア初の女性選手のオリンピック出場
ただしスカーフをまとうという条件つき

というもの。

今年のサウジアラビア選手団の女性選手は2人。
そのうち最初に試合があってまさに史上初めてサウジを代表して国際舞台に立った女性として
柔道のWodjan Ali Seraj Abdulrahim Shaherkani選手が取り上げられていました。

彼女のことが大きく報道されたのは、たぶん彼女が史上初だったからということ以上に、
スカーフの着用と柔道という競技の性質との間に齟齬があるとして一悶着あったから。
イスラームの「スカーフ問題」はここ20年くらい、フランスをはじめヨーロッパでずっと議論を呼んでいるわけだけど、結局は同じ争点が、この報道の機会に乗って表出してきた、という感じだ。

今年はサウジ、カタール、ブルネイから女性の参加が認められたことで、参加国・地域すべての代 表団に女性が入った記念すべきオリンピックであるとされている。

でも「今回のことが女性参加の幅がひろがる機会になることが望まれる」一方で、
「女性解放の場となり得たスポーツにまで蒙昧主義が侵食してきている」と嘆く声もある。

たとえばFIFAは競技中スカーフの着用を認める方針を発表したけど、
FFF(フランスサッカー連盟)は所属選手のスカーフ着用を禁止したみたい。

公の場に出ること。
スカーフをつけた存在が個として認められること。
スカーフを外した姿を個として表現すること。

なにが解放なのだろう。
そしてそれは誰が決めるのだろう。

国際柔道連盟は当初の決定を覆してスカーフに代わるものを着用することを許可し、
サウジ女性選手初の国際試合となったのだけど、
サウジの旗を笑顔で振る報道写真を見ていると、
若干16歳の彼女の身体ひとつでは、いずれにしても
象徴させられるものがあまりにも大きすぎるように思えるのでした。

2012/07/27

IMA

1年間の「隠遁」生活の埋め合わせというわけでもないけれど、
今月は週1のペースで展覧会を訪れました。

こっちの展覧会は開催期間がけっこう長いのだけど、
「書き入れ時」という発想はないので休暇期間になると、
だいたいいろんな催しも終わってしまうので、駆け込みで。

で、実は初めて足を踏み入れたのが、アラブ世界研究所。
ジャン・ヌーベルの建築が美しいこちら↓
 










「身体」をテーマとした作品を集めた「発見された身体」展のコンセプトは
身体を覆う装いが強調されるイスラーム世界に対して極めて挑戦的にも思える。

この施設はいったい、どのように位置づけられるのだろう、と思っていたら
ちょうど現所長の退任表明がニュースになっていた。
なんでも新外務大臣のファビウス氏が「運営体制の刷新を通して、研究所の改革を図る」方針を発表したのだとか。

ということは、この機関は外務省の管轄にあるらしい。
現所長のミュズリエ氏はサルコジ時代に外務大臣も経験しているUMP党員の議員で、
政権交代の影響をもろに受けるのも納得がいく。
ちなみにマルセイユ出身のミュズリエ氏は地中海連合の推進者の1人。

外交の中に組み込まれたこの文化施設は、まさにフランス政治の一角だ。

1987年、開館にあたって当時の大統領ミッテランが行った演説はこう結ばれている。
「この研究所を通して、われわれフランスが他の民族に対して友情と愛情と敬意を示すことを任務としていることを伝えたい」

フランスとアラブ世界の交流を促進することを目的とする研究所は、
フランス政府とアラブ連盟の加盟国との連携の場として構想されたのだけど、
演説のなかでは「われわれフランス」と「あなたがたアラブ」の二分化が極めて鮮明になされているのも印象的。

フランスには「任務」があって、交流は「支援」「アラブ諸国の発展へ向けた努力への理解」という定義を与えられていたりする。


・・・研究対象で扱ってる1940、50年代の文章とトーンが同じだわ。

それもそのはず、ミッテランは1950年代の海外領土省(旧植民地省)大臣なのです。

そのあたりの連続性も掘り下げる必要がありそうですが、
選挙期間中さんざんフランソワ2世と評されたオランド政権下で研究所はどういう方針をとるのか、
11月の所長交代も注目です。

2012/06/15

Expérience passe science



(再)留学1年目の成果を具現化するとこんな感じ。

ようやく、という気分だけど、今の学校に正式に登録してから正味半年というところでしょうか、
例の仕事場で取り組んできた論文が受理されました。

計画通りにことが運ばないというのは研究の常で、
むしろ矛盾があることが解法の鍵になったりするものではありますが、
そもそも計画を立てることすらできないのがフランスという場であります。笑

そんなわけで最後の最後までサプライズでいっぱいの行程を紙面に収めるのは
ちょっとした力技だったけど、その分達成感も充分。

審査の冒頭で謝辞を述べるのだけど、形式を超えて本音が表われているのが伝わったのか、
指導教員も微笑をもらしていました。

なぜって、たとえば審査の日程調整まで私がやったので、
「お集まりいただいてありがとうございます」なのだ。

審査員は主査となる指導教員が副査を指名して、その審査員同士が指定の期間内で日程を選択することになっているのだけど、主査も副査も出張×出張で、
お会いするたびにその旨をそれぞれ私に伝えてくるので、
提出1週間前にして、今、1階に○○先生がいらっしゃるので、と指導教員を研究室から
ひっぱり出してしまいました。

しかも

日程調整が難航したために、指導教員が2人目の審査員を指名していて、
結果審査員は3人になるという展開。

この2人目の副査というのがダカール大学の先生なのだけど、
審査を引き受けてくれるという のでてっきりパリに出張なのかしら、と思ったら、
その連絡をくれた指導教員のメールには気になる続きが書いてありました・・・







そんなわけで「お集まりいただ」けなかったのだけどね。
だいたい日程調整が難航したおかげで、スカイプ審査は翌日に延期になってしまったことが、
審査当日に伝えられ、まさかの2日連続審査だったのでした。

でも審査に入ってくれた3人の先生は3人とも、
とっても振り回してくれたけど、それだけお世話になった先生でもあるので、
その豪華メンバーが、なんと1人約1時間ずつくらい、コメントしてくれたのは
すべての行程のとっても贅沢なハイライトだったに違いないのです。

ちなみにこの1年は、来年以降の足慣らしだったのだけど、
準備運動には十分すぎるくらい、いろんな経験をさせてもらったような。

経験は「させてもらう」ものだというのは、中高時代に教わったのだけど
こうして振り返ると、まさにその感覚が鮮明に浮かんでくる。

経験になることは、突然振ってくるからこそ、試されるものの、
それが経験になるころには、既に獲得されたものとなっているということ。
その意味で、経験は与えられるものなのだ。

それに試練になることは、そうそう1人で乗り越えられるものじゃない。
いろんな方向から支えられて、やっと乗り越えると、経験が得られる。
だからその経験は、いろんな手によって与えられているのだ。

この経験をさせてくれたすべての人に
この場を借りて、改めてここに謝辞を記したいと思います。

2012/05/16

changement!

ついに大統領選が終わり、フランスでも政権交代が実現しました。
まあ、新政権にどれだけ期待できるかは別として、
左派政権になって形式だけでも変化があったことは確か。

新内閣は公約通り男女同数。これって実はフランス史上初なんです。
相変わらず、女性に割り当てられる省庁ってだいたい決まってるんだけどね。
「王権的」といわれる権力の大きな地位についた唯一の女性は法務大臣になったChristiane Taubira氏。
しかもこのひとは仏領ギアナの出身の議員なのよね。

なにで知られているかというと自身の名前がついたトビラ法。(2001年5月10日)
これは大西洋の奴隷貿易とそれに伴う奴隷制を「人道に対する罪」として成文化した法律で、
この法律が可決された日を記念して5月10日は奴隷貿易、奴隷制とその廃止を記念する日と定められているのです。

でもやはりこうして成文化したり(それも「人道に対する罪」という新しい概念で)
記念日をつくったりするのは、記憶の政治というロビイングのひとつでもあるわけで、
奴隷制という非常に複雑なシステムを大西洋の交易に収斂させてしまったり、
システムそのものの解明よりも、その廃止が「人道的な正義」の行為として強調されたりすることで
見えにくくなっている問題があるのも事実。

ちなみにトビラ氏は政治活動を始めた当初は独立派として活動していたのだけど、
それが特に80年代のミッテラン政権以降、次第に立場を軟化させていった経緯のある人物。

彼女が「フランスの」法務大臣としてどのように「国家の正義を守る」のか
(フランス語で法務大臣は通称garde des Sceaux、つまり国璽の管理者とされる)
要注目です。


2012/04/30

bibliotheque

今日は私の「仕事場」のお話。
いきなり余談ですが、仕事をあらわすtravailという語は、目的を達成するための人的営為のことを指していて、そのなかに学生の営みも入るというのは面白いなあと思います。
つまり日本語では「勉強する」という表現は、フランス語では「仕事する」と同じ動詞(travailler)で表現されることもある。
もちろん英語のto studyに近いétudierという動詞もあるのだけど、travaillerってそれが物理的であれ知的であれ、一定の作業によって変化を加えるというニュアンスがあるから、もう少し創造性が高い気がする。そして知的作業に関していえば、インプットとアウトプットの両方がうまく融合された表現だなと思うのです。

で、そんな「仕事」に勤しむのは国立図書館。
国立図書館というのは、日本の国会図書館みたいな感じかしら、
とにかくフランス中の出版物のほとんど、約1000万冊がここに所蔵されているので
パリ中の研究者たちが、そして休みになると世界中のフランス研究者たちが集う拠点になっています。

ちなみに私が通ってるのはミッテラン政権時代に企画されて1990年代になってオープンした新館。
フランスは文化政策(つまり文化レベルに国家が大きく介入するということ)の長い歴史を持ってるけど、そのなかでも大きな役割を果たしたのはミッテラン政権下の文化大臣ジャック・ラング氏。
芸術を営むひとにとっては特に、いろんな批判があるのも確かだけど、個人的な概観として、フランスの「文化」の幅がぐっと広がって、新しいものが育つ素地をつくったのは彼の改革によるところが大きいのではないかという気がします。
でもそのラング氏と並んで、大統領自身も文化的なプロジェクトに着手していたことで知られている。
この新館もそのひとつ。他にもルーブルのあのピラミッドをつくったり、バスティーユの新しいオペラ座もやはり大統領プロジェクトの一環で、なんかやっぱり国家権力の顕示という感は否めないよね。

とはいえ、こうして大統領が何か記念建造物を残すというのは、ポンピドゥー以降のしきたりになっているのだけど、それが皆そろって文化施設だというところが、やっぱりフランスのすごさだと思うのだけど。

それでもミッテランのプロジェクトはやはりどこか革新という傾向を貫いているのも確か。
この国立図書館新館の建てられた13区には、パリ大7大学、国立東洋言語文化学院(INALCO)も移ってきて、それに伴って大手の本屋も開店したり、だんだん学生街になりつつあって、
(ソルボンヌを中心にパリ大学が集中する従来の学生街カルチエラタンに対し)新・カルチエラタンを称するようになっているらしい。

新館というからにはもちろん旧館があって、場所も右岸。
もともとはルーブル宮にあった王立図書館が起源で、フランス革命以降王室の財産が国有化されていった流れで国立図書館が組織化されていったというわけだ。

ちなみに旧館は円形の壁にずらりと蔵書の並ぶクラシックな内装なのに対し(左)
新館はドミニク・ペローの設計で、ガラス張り、20階建てというかなりモダンな外観(右)

       



ところでなんでこの図書館という施設の話をしようと思ったかというと、
フーコーの手稿の所蔵先をめぐって2つの施設が対立しているという記事を目にしたからなんですが。そのうちの1つがこの旧館にフーコー自身が足しげく通ったという国立図書館。
もうひとつが現代出版資料館(IMEC)でこちらも大多数のフーコー・コレクションを持っているとか。

実はこの2つの施設、バルトの手稿をめぐっても対立して軍配は図書館にあがってるんですね。
でもこのまま「内輪もめ」していると、フーコー研究の拠点を築きつつあるアメリカの大学群に「国宝」とられちゃうよっていう記事。

なるほど知的営みも国家の財をなすのだというのがダイレクトに感じられる場なのでした。

2012/04/12

education

前回はセネガルの大統領選の話をしましたが、
大統領選は目下フランスでも話題の中心。
今週から第一回投票に向けての公式選挙期間に入ったからです。

そしたらテレビで面白い番組をやってました。
同世代くらいの子たちが4人候補者として登壇して、
一般教養のクイズに答えたり、候補者同士で討論をしたり、お題を与えられてシミュレーションをしたりしたのちに、最終的に専門家と会場の見学者の投票で未来の大統領・模擬選挙をするという企画。

シミュレーションのお題のなかには、バイオ・テロというのもあって、
大学1~2年生のときの授業で同様のシミュレーションをやったら先生が本物の新聞記者をサクラに連れてきていて、「模擬記者会見」のときに詰問されたことを思い出しました(笑)

それはさておき、そのなかでちょっとした発見だったのが国家予算の話。
一般教養クイズのなかで、国家予算のなかに占める割合が一番高い省庁はどこかという問題があったのだけど、答えはなんと、教育省なのです。

回答した学生は財務・金融と答えていて、私もいまどきそんなイメージ、と思っていたのだけど、会場の「先輩」専門家たちには、常識という風だった。

調べてみたら、だいたい60億ユーロくらいで、
なんと全体の20%くらいを占めている・・・
ちなみに日本はだいたい4兆円台、つまり額にしてフランスの半分強、日本の予算はフランスの倍額近いことを考えると、割合にしたら5%にも満たない。

しかももっと驚くべきことに、フランスには主に教育省とは別に、高等教育および研究を担う官庁まであって、もちろんちゃんと別の予算を持っているのだ。
文化省というこれまたソフトパワー満載の組織が別に存在することはいうまでもなく、です。

そんなフランスでも学問の世界が市場競争の原理にさらされて危機に瀕していることはたしか。

最近は国立図書館のほかに、Bulacという、国立東洋言語文化学院(通称:INALCO)付属の図書館にもよく行くのだけどそこで気になるビラを見つけました。

いわく、INALCOを解体に追いやるSorbonne Paris Citéプロジェクトに反対しよう、と。

このプロジェクトなんだろうと思ったら、大学統合プロジェクトなんです。

大学統合プロジェクトといえば、既にCampus Condorcetという別のプロジェクトがあることは知ってたのだけど、どうも同系のプロジェクトが並行して存在しているみたいで、つまりはパリ中のだいたいの大学がこうして大型プロジェクトに統合されていくという傾向にあるようなのだ。

Campus Condorcetというのは、パリ郊外に建設予定の共同施設を拠点に、多様な分野の研究機関が提携するという企画で、高等研究実習院(EPHE)を筆頭に、その第6セクションが独立した社会科学高等研究院(EHESS)、国立古文書学校、パリ第1大学、第8大学、第13大学、フランス最大の研究機関である国立科学研究センター(CNRS)、エマニュエル・トッドのいる国立人口学研究所(INED)、人間科学研究財団(FMSH)が参加を表明している。ちなみにこれらの機関の経営陣を見てみると、卒業生が行き来していたり、もともとわりと系統は近いのね、という感じ。

一方、この新キャンパス完成の予定となっている2016年を目指したもうひとつのプロジェクトがSorbonne Paris Citéで、こちらの参加校は、パリ第3大学、第5大学、第7大学、第13大学、INALCO、パリ政治学院、パリ地球物理学研究所(IPGP)、公衆衛生高等研究院(EHESP)。

といっても実はCampus Condorcetはその名の通り、新しい拠点の創設とそれによる提携の強化が争点であるのに対して、Sorbonne Paris Citéというのはまさに大学統合で、研究機関の可視化(単純化)による国際競争力の強化を目的とした高等研究機関の極を構築するPRESという国家プロジェクトの一部なので、厳密には並立させて記述するべきじゃないのかもしれないけど、国際競争力の強化、すなわち国際大学ランキングへの反映を大学経営に組み込むPRESというプロジェクト自体が脅威なのはいうまでもなく、やはり拠点の統合という全体的な傾向は簡略化、単純化という方向に進みかねない。

個人的には拠点を郊外に移すこと自体は悪くないと思うのだけど(特にCampus Condorcetに関してパリ大学がソルボンヌという歴史的拠点の喪失を懸念していたり、パリ中心の好立地を手放したくない機関からは反対の声があがていたりする)、それが各機関の個性を奪う危険性を伴うこともたしか。

で、INALCOで見つけたビラにはこう書いてあった。

・このプロジェクトは提携を組んだ機関がまず運営委員会を結成して、最終的には統合された組織のなかに各機関は吸収されていくことになっているが、そもそも各機関を代表しているはずの運営委員にINALCOの代表は含まれていない。(いくつかの企業の代表者がその代わりに参加)
・統合された組織は最終的に4つの分野に分類されることになっていて、なかでも人文学と社会科学が2つの分野を構成しているが、これは言語と文化を包括的に捉えようとするINALCOの教育方針を解体することになる。
・市場原理の導入により、マイナー言語の研究の存続が脅かされる。

なんでINALCOの図書館に私が通っているかというと、アフリカ地域文化研究の資料もたくさん保管しているからなのだけど、これだけ予算が確保されているにも拘わらず、結局フランスでも国際化の波はまぬがれていないということかしら。

文化は市場原理から外すべきだといって「フランス的例外」という特別条項をかつてWTOに提言したフランスなのだけど。
とはいえこのエピソードにはフランスの文化帝国主義の影がぴったりとくっついているのであって、
いまや市場原理に抵抗するには、たとえばアフリカ研究の意義を開発というやはりネオコロニアルな路線に結びつけていくくらいしかないような気すらする。

そもそもINALCOの解体はともかく、東洋言語文化学院(Institut national des langues et civilisations ORIENTALES)っていう名称もなんとかしたほうがいいと思うのだけどね。