2008/06/10

victoire

オリエンテーションの初日から続いた実に長い闘いについに終止符が打たれました。


といっても、

授業が終わった、皆勤賞!というわけでもなければ(まだあと1週間+試験)
課題を全部出し終わったーというわけでもないのですが。

返金してもらったのです(笑)

というのも、オリエンテーションは語学の部と方法論の部に分かれているのですが、
私は両方に参加申し込みをしていました。
(ただし語学の方は免除になる資格レベルというのがあって、私はそれを持っていたのですが、
それでも学ぶことはあるだろう、ということで敢えて申し込んだのです。)

ところがいざオリエンテーション初日になってみると、

「あなたは資格を持っているから語学の部は来なくていい」と言われる。

「来てもいいんですか?」(というかこれ、実は日本から国際電話をかけて確認したはず。。。)

「うーん、ダメ!でもちゃんと返金するから!」

ということで参加を拒否され代わりに差額の返金の約束を取り付けたのでした。

しかし待つこと○○ヶ月・・・(その間何度も確認しに行ってその度に何月になったら取りかかる、だとか、あとどれくらいでできる、だとかいろんなことを言われて待たされたのでした。)

でもやはりくれるといった連絡は来るはずもなく、4月になってさすがにこのままでは帰国に間に合わない勢いだと思い、事務所に直接訴えに行ったところ、

「方針が変わって返金はしなくなった」

「経営陣の方針だから文句があるなら学長に言って」

という意味不明の通達を受け・・・どう考えても納得できなかったので、

「どう考えてもおかしいと思うので説明してください。学長に説明する前にこの不当な処置が解消されることを切に願います。」

みたいな脅迫メールを丁寧に送りつけさせていただいたところ、

半年以上も待たせた事務所から速効で

「こちらの手違いでした、なるべく早く返金いたします。」

という返事が来たのでした(笑)

で、そこから実際に小切手を受け取るまでさらに1ヶ月半くらいかかったのだけど、

「この前事務所に伺ったときあと2週間と言われてから1ヶ月近くが経ちますが、問題がおありでしたらなるべく早くお知らせいただけますか。」

と言ったらやはり即日で

「小切手の用意ができましたので取りにいらしてください。郵送も可能ですのでその場合はお知らせください。」

という返事が来てやっと取りに行ってきたわけです。(郵送してもらったらもっと届かないかもw)

全9ヶ月くらい・・・この返金には倍の価値を感じてしまう。

それにしても、何もしないと損をし、怒ると急にことが進むという構図が面白いくらいにはっきりあらわれた交渉でしたw

2008/06/07

gala

6月はこちらでは年度末。
毎年パリ政治学院ではこの時期にgalaというパーティーが開かれます。

アメリカでいうpromみたいなものかな、恐らくフランス内の他の学校でも開催しているところはあると思うのだけど、シアンスポはここでも特別感たっぷりですw

パリにあるというのも理由の1つ、まず会場が豪華・・・毎年有名ホテルのホールを貸し切っているらしい。今年はWestinホテルでした☆

パーティーは2部に分かれていて、第一部は卒業学年の5年生のためのディナーで、
毎年有名な卒業生たちも招待されていて、参加者は事前に提出した履歴書に基づいた席順によって、自分の進路に近い有力者たちとお近づきになれるチャンスを得る(?)という力の入れよう。。。
ちなみに、今年は名誉招待客として、元大統領のジスカール・デスタンが来てました!

第二部は全学年に開かれたいわゆるダンスパーティーのドレスアップヴァージョンといった感じ。
で、普通なら私は第二部から参加なのですが、
例のオーケストラがディナーの最後で演奏することを依頼されたために第一部の後半ごろから参加することができました。(しかも、galaのチケットはけっこう高いうえに人気で、必ず手に入るわけではない、と聞いていたのでオケとして招待されてかなりラッキー♪)

ということで、つまりは、元大統領の前で演奏したわけです笑。

「ブラボー!これ演奏したのは初めて?」(なわけないでしょ。。。)っておじいちゃんもうちょっと気の利いたこと言えてもいいのにって思ったけどね。

でも私たちの目的はデスタンではなくデコワン、そう学長。
クラシックの勢力なんて高が知れているこの学校で少しでも活動を認知してもらうためには
学長の前で演奏できるのはチャンス、だったわけです。
(いくら比較的新しいオケだとはいえ、創立以来一度も学長が聴いたことなかったというのは、やはり相当軽視されてるのでは。。。)

しかし一度も聴きにこなかっただけあってやはりご興味ないようでしたw
所詮元大統領様の付き添いにいただけで、彼が早退するのと一緒に退室して、戻ってこなかった。

別に聴いてもらえなかったのが嫌なのでもなければ、クラシックの人気がないのが悲しいわけでもないのだけど(none of my business...)
前回のキャンセルにしろ、今回の途中退室にしろ、最低限の礼儀に欠けるのではないかと思う。
Marcel GauchetもGiscard d'Estaingもそりゃ、偉大な人物かもしれないけれど、
彼らを神のように敬って、“下層”の人々は我慢して当然、みたいなミーハーなエリート主義にはちょっと嫌気がさしたのでした。

そもそも演奏のコンディションは最悪で、演奏時間を1週間前になって急に短縮しろと言ってきたり、開始時刻を前日になって変更(15分遅らせる)してきたと思ったら、いざ本番直前のリハーサルを終えて、一息置いて本番に臨もうというときに、突然スケジュールが変更になったから今すぐ弾いてほしいと言い出す始末。(恐らくジスカール・デスタンが帰りたかったのだと思う。。。)

しかもかわいそうなことに、メンバーの一人が手違いにより足りなかった譜面台の調達に行ったきり、まだ戻っていなかったのです。

「メンバーも欠けているのにいきなり弾けといわれても困る」と指揮者。

「今弾くか演奏中止かどちらかです。」と企画者。

「それなら演奏を断ります。」とまで指揮者は言いました。

彼女は正しかったと思う。とても演奏のできる状態ではなかった。
ただ、少なくとも学長が聴かざるを得ない状況にある(笑)貴重な機会だし、
今までの準備がすべて水の泡となるのはもったいなすぎたのも確か。
オーケストラメンバーの大半が弾かないよりはマシと言ったので、結局指揮者も妥協して演奏することになったのでした。

こんな精神状態で演奏したのは初めてだな。
しかも観客が予想以上にうるさいので(ディナーの終わりなので多少の歓談が続くことは想定内だったのですが、1stが聞こえないとは思わなかったw)全部フォルテで弾かなきゃならないし(苦笑)

そんなわけで第二部が始まったころは最高に機嫌が悪かったのですが、
美しいホールでシャンパンを片手に、
着飾った友だちと喋ったり踊ったりしてるうちにだんだん私の機嫌も直り
最終的には総じて楽しいソワレとなりました。(実際後半の方が長かったし)

 

2008/06/04

complet

学期末の課題に追われ、ひたすらパソコンに向かっていると、
明日は月の第一日曜日だよ!といつもの友だちに声をかけられました。

うわぁーバタバタしてしまって、ついにすっかり忘れていました。

でも美術館めぐりももう最後かもしれないし、朝から行けばちょうどいい気分転換。

ということで、ギメ美術館というトロカデロにあるアジアコレクションで知られる美術館に行って来たのですが、予想以上によかった!

インドや東南アジアの仏像コレクションから始まって

東アジアの陶器、屏風に至るまで充実ぶりはこの分野ではヨーロッパ一だとか。

企画展でやっていた北斎の展示に行くのを断念するほどたっぷり見学しました。

実はこの美術館を以て、私たちはパリ内の国立博物館を制覇したことになります。。。

こんな日が来るとは・・・感慨深い(笑)

2008/05/31

conferences

シアンスポ留学で恐らく最も活用していることの1つは講演会。
日本にいるときよりも自由な時間があるというのもあるけれど、
学生が企画する講演も多いから、全体数も圧倒的に多い気がする。

この間はアフリカにおける言語政策についての講演をやっていたので
久しぶりに行ってきました。
“政治中立性”が気になっていたUNESCOの少数言語保護論も聞けたし
政策の思想への影響という点で卒論で考えようとしていることともつながったりして、
なかなか面白かったな。

質疑応答の時間になって、
「私はこう見えてもセネガル人です」と切り出した白人のセネガル人が
“oublier sa langue natale, c'est se déraciner"とサンゴールを引用しだすし。
(サンゴールというのはセネガルの初代大統領で詩人だった人で私は彼の政治思想を卒論で扱おうと思っているのです・・・サンゴールっていうとフランス人はだいたい知ってるけど、フランス人以外はだいたい顔に?を浮かべるんだけど、彼の知名度はどれほどなんだろう。セゼールの方が有名なのかな。)

印象に残ったのは、
(多言語教育が確立していないことによって)近代というものが外国語(旧宗主国の言語)を通して伝わることになり、近代の異質性(étrangeté)が強調されるという話。
アジアが反証として挙げられていたんですが、近代の概念が翻訳語である日本語はどうなんだろうとか考えながら聞いていたわけです。

それにしてもアジア系の学生は別に珍しいわけではないのに、
こういうトピックの講演会に行くとアジア人はだいたい私のみ。
早稲田でアフリカ研究専門の片岡先生が講演したときに、
外務省からENA(国立行政学院)に留学中(!)の先輩に会ったくらいかも。

それに加えて学部生もレアなことがけっこう多いので、
講演後よくあるビュッフェというのはいつもパスしてきたのだけど、
今回初めて、思い切ってちょっとだけ行ってみることにしました。
もう講演会に行く機会も残り少ないだろうし。

で、初対面の人たちと講演会の続きを話すことに成功。
しかも!アフリカ料理を無料で楽しみました;p (学生一人暮らしに優しい)

留学生だから、と思うと開き直れる、
最後だから、と思うと勇気がでる、
それで後悔することってあんまりないんじゃないかな。

2008/05/29

concert

今週学校ではsemaine des arts(芸術週間)といって、
BDAという、学校の芸術活動を総括している学生組織が中心になって、
いろいろな催しが行われています。
その一環で私の入ってるオーケストラのコンサートもありました。

ただこの組織(も)計画性にいろいろと問題があって、
そもそもこの芸術週間自体1ヶ月くらい前にやる予定だったのがけっこう突然キャンセルされて今月になったりしていたのですが、

コンサートの数日前になって、コンサートマスターから衝撃のメールが周りました。

「大講堂がダブル・ブッキングされているらしい。なんでもMarcel Gauchet(社会科学高等研究院EHESSの院長をしている哲学者)が講演に来るらしく、当然シアンスポはクラシックコンサートを優先するわけないよね。ってことはコンサート会場がないってこと。ちなみにBDAはこの事実を昨日知ったばかりらしい。」

本当はコンサートは学校のメイン校舎にある、一番大きな講堂でできる予定だったのが、
こうして突然一方的に使えなくなったことを知らされたわけです。

オーケストラのメンバーはBDAと関係がすごく近いわけでもなければ、完全に独立した団体でもなく、
間を取り持つ数人のグループが存在するという微妙な立場。
だからBDAはオケの活動に熱心なわけではないし、
一方でオケのBDAの企画に対する不満も伝わらない。

でも、本番の数日前に会場をキャンセルされるなんて、失礼極まりない。

コンマスのメールに対して、仲介グループのメンバーでかつオケにも所属している一人が
「今BDAで代わりの部屋(別館の講堂かどこかの教室?)を探してるから、確定するまで報告は待とうと思っていたのだけど。まぁ、大事なのはコンサートすることで、場所じゃない。個人的にはトイレでも弾くよ!」と反応していたのだけど、

2通のメールを立て続けに読んで、
それは残念、では済まないだろう、と思った私。

「コンサートをすること自体に意味はあるかもしれない。でもコンサートは観客に聴いてもらうためのものだということは忘れちゃいけないと思う。大講堂以外のところでやれば当然観客は減るし(別館なんて特に)Marcel Gauchetの講演とかぶってるならなおさらシアンスポの学生は来なくなる。BDAのことは何も知らないからなぜこんな事態が発生したのかわからないけど、演奏する1人として、今回のことを大したことないとはとても言えない。そもそも私たちは大講堂の使用権を得ていたはずで、それを講演会に譲れというなら、せめてその代償となるようなことをBDAが用意するべきじゃないか(もちろん実現可能性の問題もあるし、オケ全体がどう思うかにもよるけれど、例えば別の日に大講堂を使えるようにするとか)私はこのあと1ヶ月でこのオケからいなくなるから、みんなよりこの演奏会に思い入れがあるのかもしれないけれど―」
というような旨のメールをメンバーに思い切って送信しました。

こんなこと、このオケじゃなかったらできなかっただろうと思うけれど、
1年もいなかった留学生の身で、とか、単なる1人の意見にすぎない、とかよりも
たった20人のオケでも私はその20分の1でも占めているんだから、
思ったこと言ってみてもいいなって思えたんですよね。

そしたら、みんなちゃんと反応してくれたのでした。

結局学校の近くの教会を借りることになって無事コンサートは終わったのだけど、
何よりオケのメンバーが口々に「あのメールはよかった!」とか「まったく言う通りだよ。」とか言ってくれて、校内ですれ違うときの挨拶も心なしか距離が縮まった気がしてそれが大きな成果だと思う。

特にオーケストラに関しては、来た頃かなり悩んだ(最初は他大学と一緒のもっと大きなオケに入っていて冬頃にシアンスポのオケに変えた)だけあって、手ごたえは大きかったのかも。

「またある(revenir=re+come)とは絶対に思ってはいけない。その代わりこの瞬間を経験できたことを喜ぶべきだ。」
と指揮者が言ってたのが妙に響きます。

2008/05/26

fontainebleau

季節の変化が滞在の終わりを感じさせるようになって、
最近はやり残しがないようにと考えるようになった。

そんなわけで、週末を利用してフォンテーヌブローのお城に行ってきました♪
12世紀に建てられたお城はフランソワ1世、アンリ4世からルイ16世、ナポレオンに至るまで代々フランスの君主が住んだために改築・増築が重ねられていて、歴史の流れを読み取れるのが面白い。

ナポレオンが毒殺されるのを恐れて鍵をかけられるようにした調味料を入れる箱 (上)
ナポレオンの息子(若くして亡くなった)のためのおもちゃ(しっかりトリコロール笑) (下)

前日は予定していたピクニックが中止になるくらい、1日中雨が降っていたのだけど、
日曜は天気もよくて、お城の広い庭を散歩するのも(ヴェルサイユの庭よりも人の手が入っていない感じも加えて)気持ちよかった。

朝から行って午後は庭でのんびりしながら1日フォンテーヌブローで過ごしたのですが、
なんだか不思議な出会いもあって楽しい1日でした☆

まず朝フォンテーヌブローの駅についてお城まで行くバスに乗ろうとしていると、
中国人夫婦に話しかけられる。
「お城まで行きたいんだけど、どの道を行ったらいいかわかるかしら?」
「バスがお城まで通っているということしかわからないんですが・・・私たちもバスに乗ろうと思っていて」
「あら、あなたたちもお城まで行くの?じゃ、私たちもついていくわ。」
ということで、お城まで一緒だったわけですが、彼女がかなり積極的。
「私たちフランス語わからないから、道を聞いても大変なのよね。どこって何て言うの?」
「右は?」「左は?」「まっすぐは?」と質問攻めw

「往復チケットってあるかしら?往復の方が安かったらそれ買ったらいいわよね?」
「私たちが買うときに運転手さんに聞いてみますね」
「あ、ついでに終バスの時間も聞いてもらえる?」
という具合でかなりしっかりしていらっしゃる。バスを降りてからまず立ち寄った観光局でも彼女がバスの時刻表を頼んだあと、みんな同じものをもらってました(笑)

どうやらご夫婦ともケンブリッジのvisiting professorらしい。
「日本人なの?私たち日本にも1年いたのよ・・・日本語も少し話せます。もう大分忘れちゃいましたけど。」って十分お上手です。。。
バスの中でも、地元の人がお城まではあと2駅だよって教えてくれたあと、
「フランス語で1,2,3は?」
「4は?5は?6,7・・・10」と一気に聞かれたその好奇心に圧倒される。

実は彼女の喋り方が同じく超アクティブなタイの知り合い(Sue!)に似ていて懐かしかったり。
ちなみにご夫婦かなり時間をかけてじっくり見学されてました。

もう1つは帰りがけ。駅に戻って帰りの電車の切符を買おうと券売機(といっても1台のみ。。。)に並んでいるとどうやら故障した模様w
もう少し奥には、カードでの支払いが故障していて、コインでしか払えない機械が、誰にも使われずに立っている。(というのもパリ行きの切符は7ユーロちょっとで、5ユーロからお札が存在するため、それだけコインを持っている人というのもなかなかいないわけ)

というわけで、恐らくほとんどがパリ行きの切符を求めて窓口に長い列ができる。

しかしここはフランス。窓口1つしか開けないと決めたら1つしか開けない(笑)
でもバスの発着時間はパリ行きの電車の時間に合わせてあるので発車時刻まであと10分くらい。

ちなみに電車は1時間に1本・・・


=みんな焦る。怒る。文句を言う。


そんな中、後ろに並んでいた紳士と会話が始まる(笑)
「日本人なの?私日本には10年住んでたんだ。松涛に住んで赤坂で働いてたんだよ。」
(!!!)
フォンテーヌブローで松涛という単語を聞くとは思わなかったw
彼はメリルリンチにお勤めらしいです。
私たちが切符を買い終えてホームに行くともう電車は来ていて、なんとか間に合ったのだけど、どうも彼はタッチの差で間に合わなかったのではないかと思われてフランスのインフラの弱さと効率を追求しない姿勢(笑)がちょっと悔やまれたのでした。

2008/05/23

hierarchie

木曜の朝8時からは、"culture, affaire d'Etat"というフランスの文化政策についての授業。
その中で1937年にパリで開かれた万博について触れたのを機に、
先生が「各国のパビリオンが集まっていたトロカデロ広場に行って感じたことを発表しなさい」という変わった宿題を出されました。


実はトロカデロ広場ってエッフェル塔が一番よく見える場所な気がするんですが、

クラスの1人がエッフェル塔はフランス社会のヒエラルキーを象徴していると発言。

それに対してフランス人学生がすかさず反論、

「私はフランス社会が階級性だとは思わない。私たちの社会はむしろ平等主義だ」

と言うと、クラス中の留学生たちが(特にこのクラスは偶然にもけっこう留学生が多い)いっせいに

リアクションを始め、フランス人学生 vs 留学生という議論が始まったのです。

こっちの授業でディスカッションがあっても、こんなにクラスみんなが争って発言しようとすることなんて実はかなり珍しいこと。

つい先日大家さんと立ち話をしていて、
マダムのお父様はシアンスポ出身の国務院勤務(=政治家)で、シアンスポの目の前に住み、
家には「女中」がいて何から何までやってくれていたのでマダムは結婚するまで卵のゆで方すら知らなかったという。そんなマダムの結婚相手はやはりシアンスポ出の貴族。友だちも16区に住む貴族。。。
そんな話を聞いたばかりだったから余計に、

「フランス社会は平等主義」

はないだろう、と思ったけれど、

というか、フランス人学生が本気で平等主義と信じていることに私はちょっと耳を疑いましたが、

同時にグラン・ゼコールのエリート再生産システムを真に垣間見た感じがしました。
彼女の育った世界は、ものすごく均質な、“平等”な世界なわけで。。。

確かにシアンスポは優先学区と提携した特別入試を実施したりしていて、
これは実質アファーマティブアクションと言われているくらいだから不平等是正の努力をしている方なのだろうけれど、本当はこの制度うまく根付いていないと私は思う。
シアンスポ側は、「これはレベルに達していなくても定数を設けて特定のカテゴリーの人の入学を許可するといったアファーマティブアクションのシステムではなく、入学生の多様化を図る政策だ」としているのに、実際「正規」の試験を受けて競争を勝ち抜いてきた優等生たちの中には、
この特別入試合格者を極端に言えば「自分より能力が低いのに楽して入ってきた」というような見方が残っているし、理解を示さない先生もいる。
そして結局シアンスポ側もせっかく入学生の多様化を図っても、それを均質化する教育に熱心で、
皮肉な言い方をすれば、まるで「かわいそうに郊外に育ってしまったけれどここへくれば大丈夫、16区出身みたいに見えるようになるから」とでも言いたいような、それじゃまったく多様性を認めてないじゃんという感じなのだ。

とはいえ、この制度導入に踏み切ることができただけでも大きな変化ではある。
メンタリティーが変化するのはきっとものすごく時間のかかることだから。
先生が“la bataille n'est pas encore gagné, mais elle n'est pas perdue non plus."
(闘いは終わっていないけれど、まだ勝つ余地はある)と仰っていた通り、まだ闘いは続くのです。