2008/12/21

pourquoi Afrique?

私の勉強してることを知ってる人によく聞かれるのが、
なんでアフリカ?ということ。

「でもなんでアフリカなのー?」
ってこの前先生にも聞かれてしまいましたが、なかなか端的に説明するのは難しいんですね。

というわけで、ざっとここに書いてみようかと思います。

first contactは、高2でフランスに留学したときのこと。
ちょうどコートジボワールで内戦があった年で、私の行っていた学校にも、
戦火から逃れて渡仏した難民の子が転入してきたわけです。
彼女の語る体験は壮絶たるもの、
長女の自分が面倒を見なくてはと言って
街に遊びに行くときも、いつも小さい弟、妹たちの手を引いていた姿がとても印象的でした。

今まで遠く離れた地の話としてしか捉えられていなかったことが、
身近な現実として容赦なく私の脳裏に刻まれてゆきました。

そんな中、私の意識をこの大陸に向かせる決定打となった文章がある。
受験勉強のために読んでいたフランス語の教科書に載っていた『ギニアの少年の夢』という文章。
ものすごく簡単にまとめると、
ヨーロッパの空港に着いた飛行機の荷物室からギニアの少年2人の遺体が発見され、
彼らのポケットには、勉強する機会を求めて渡欧を夢見たが、お金がないのでこのような形で密入国を図るしかなかった旨が記され、自分たちの死を祖国の教育環境改善に役立ててほしいと結んだ遺書が見つかったという話。

教材費にたくさん投資をしてもらっていた私には、当時行きたかった大学の先生が書いたこの文章に
出会ったことが何か示唆的に思えてならなかったのでした。
自分がたまたま恵まれた教育環境にあったことで得られた知をどうやったら還元できるか、
大学で学ぶことを見つけた瞬間でした。

勉強していく段階で必然的に浮かび上がってくるのが植民地支配とその後遺症の問題。
フランスは昔から文化大国を名乗るだけあって、文化による統治がかなり強力。
よって独立後もその影響力は衰えにくく、既存の関係からの脱却は困難なものとなりやすい。
なかでも、フランスがアフリカ大陸で一番最初に目をつけ、
以後支配の拠点として「優等生」的役割を担わされたのがセネガル、というわけ。

ちなみに、無事合格した大学で、なんとフランス語の担当だったのが、かの文章を書いたPDV先生で、
私はアフリカに興味がある、と言い続けて、何かと面倒を見てもらい、今に至ります。

アプローチの仕方としては、
出発点は教育問題だったので、その原因となる貧困を解消するために何ができるのか、という
いわゆる「開発援助」の切り口をまずちょっと覗いて、紆余曲折を経て、
今は、現在の状況に関わるあらゆるアクター(自分も含みうる)がそれぞれ現状をどのように捉えているのか、
さらには、なぜそのような考えかたをするようになったのか、というもっと根本的な部分を解明したいというのが専らの関心事。というのは1年半くらい前に知り合った社会心理学の先生の影響大なのですが。
そんな感じで卒論も書いてます。

外国研究をやる人にはつきものの、「部外者」という立場。
でももちろん、部外者だからこそわかることというのもあるし、
それに何より、こうして根本的な部分に光を当てていると、自分に返ってくる部分はかなりある。
たとえばサンゴールの葛藤と自分の葛藤にだって、
信じがたいかもしれないけれど、共通項はあるのです。

なんでアフリカ?の疑問符の裏には、なぜそんなところに、という思いがこっそりくっついている。
別に侮蔑とか、そういうことではないけれど、まだまだ未知のものという共通認識が成り立つことは確か。
だからその「未知」を少しでも減らせたらいいなとか思ったり。

L'Afrique n'est pas plus loin que l'Europe. アフリカはヨーロッパより遠くはない。

2008/12/11

magic words

持つべきものは友だち、っていうのが小学校の卒業アルバムに載せた
私の作文の内容だったけれど、今から考えてもわかるところがあるというか、
そんなに見当はずれなことは言ってないような気がする。

ちょっと前に「今自分が必要としている言葉に気づいてもらえる」ことの大切さっていう話を読んで
すごく共感していたのだけど、
それができる友だちっていうのはとても貴重なのだ。

数日前が留学時の友だちの誕生日で、久しぶりにメールをした。
一年前はその子と出会って間もないころで、誕生日も知らなかったのだけど、
冬休みを前に学校の隣のカフェに座っておしゃべりしていたのを覚えている。

留学の意義みたいなことを話してたっけ。

今回の留学の成果は、正直まだわからない部分の方が大きいと思う。
でもこのくらい時間が経ってやっと最近、去年の経験が今につながってることを実感できるときがある。
その話はまたいつかするとして。
それ以上にこの1年を肯定してくれるものがあるとしたら、それは出会いだと思うのです。

といっても、いい出会いがいっぱいあって、交流を大切にしていた、とかそういう華やかなものではなくて、
やっぱり高校のときと比べて大学での留学はつながりも希薄だし、
パリという街の性質もあるし、
「今回留学の収穫のひとつは、たくさんの友だちができたことです」
とは決して言えない。

それでも、たった1人でもいい、自分のことを
「本当に大事にしたい友だち」と言ってくれる人と出会えたこと、
それだけで留学してよかったなって思える。

メールの返事に書かれた、あまりにもストレートなその言葉は、
私の心の奥深くまで届いたのでした。

"You do not know how much they mean to me, my friends,
And how, how rare and strange it is, to find
In a life composed so much, so much of odds and ends,
[For indeed I do not love it ... you knew? you are not blind!
How keen you are!]
To find a friend who has these qualities,
Who has, and gives
Those qualities upon which friendship lives.
How much it means that I say this to you—
Without these friendships—life, what cauchemar!"

2008/12/02

world aids day

日付は変わってしまったけど、12月1日は、world AIDS dayでした。
フランスではそれこそテレビ番組なんかを通じて募金を集めたり、
高校でもレッドリボン売ってたり、運動はわりと盛んだったけど、
日本ではあまり見ないよなあ。

そういえば先日、日本のニュースは情報量が少ない、という話になった。
いわば歳時記である、と。
平和であることをアピールしたいのか、と言った人がいたけれど、確かにそうかもしれない。
フランスでは意図的に使ってるだろうと思われる生々しいショッキングな映像というのは、
日本では少ない、というか恐らく避ける方向にある。

この傾向は戦後作り出されたものなんだろうか。

悪の日常化(banalisation)というのはもちろん問題だけど、
問題意識を養うことは必要だと思う。

たとえば・・・ジンバブエはコレラの蔓延で500人以上死者が出ていて
非常事態宣言をしたばかりだということ、日本ではどれだけの人が知ってるのだろう。

2008/11/27

sensibilisation

訓練していないと感覚はすぐに鈍ってしまう。
という法則はいろんなことに当てはまると思うけど、最近これをよく痛感します。
たとえば言語なんかはその最たる例ですね。

というわけで、ちょっとご無沙汰してたrfi(radio france internationale)にアクセスして
ニュースを聞くことにする。

ところが、なぜかリアルタイムでも収録でもニュースの代わりに音楽ばかり流れてくる。

ニュースのフランス語を頭に注入したかったのに。
とてもじゃないけど、ポップミュージック聞く気分じゃないのに。

ってことで必死に他のサイトを漁る。たとえばfrance culture.
で、耳に飛び込んできたのは、フランス国営テレビとラジオ局のストライキのニュース。
国営といってもNHKと違って広告のスポンサーを受けてるのだけど、
それを廃止するという法案に反対してのこと。
そういえば、この件に関しては私がフランスにいたころから随分問題になってました。

で、もうピンと来た人もいると思うけど、rfiは国営ラジオ局。
だからストライキでニュースの枠に音楽を流していたのだと思われます。
日本にいながらにして、ちょっとだけフランス恒例(笑)ストの雰囲気を久しぶりに味わった気分。


さて、慣れってこわいのもう1つはガラっと変わって同時多発テロのこと。
テロという言葉を耳にする回数は9.11以降圧倒的に増えたんじゃないだろうか。
9.11の衝撃は大きかった。
でも以後なんというか、テロという言葉が蔓延してるような気すらする。
明らかに、今日聞いた同時多発テロという響きは、7年前に聞いたのとは違う響きを持っていた。

ある言葉が普及、あるいは蔓延して、やがて潮流が生まれる。
これはちょっとこわいことでもある。
言葉は潮流の中で飲み込まれてしまうかもしれないし、
あるいは潮流に押されて本来以上の力を持つこともあるかもしれない。

①今回のムンバイでのテロと7年前の9.11のテロはまったく違う性質のものかもしれないということ。
②しかし一方で、人々の死傷という事実に変わりはないということ。
③いずれにせよ、比較しえない。

この③がけっこう重要で、何人しか死んでないとか、さらには「いい人だったのにかわいそう」とか、
そういう発言はものすごくひっかかるのです。
規模がどのくらいであろうが、亡くなったのがどんな悪人だろうが、
1つの死は1つの死で絶対的なものであり、それは決して比較という行為の対象たりえないものだと思う。

世界といちいち向き合うためにも
感覚を常に鍛えておかなくては。

2008/11/21

contours

告白します。
私もんじゃの本当の姿を知りませんでした。

学校のすぐ側にあるお好み焼き・もんじゃのお店。
そこに先日卒論執筆中の友だち4人で気分転換にご飯を食べに行ったのだが、
そのうちの1人がなぜかお好み焼き・もんじゃ作りのプロで(?!)
鍛えられたたくましい腕をぶんぶん奮って焼いてくれたら、

今まで「なんとなくあるようなないような」を食べてたもんじゃが、
しっかりと「存在」してたのだ!
うーん、このニュアンス伝わるのか不明だけどw

しかも何でもないようなお店だけど、けっこうおいしかったと思う。
ちなみにこのお店は2階で1階にあるのはお蕎麦屋さん。
1年の頃、夏休みにテニスして、このお蕎麦屋さんに入ったら、
高校野球がテレビで流れてたのが懐かしい。

学校の側だからご飯を食べてまた研究室に戻っても、あんまり時間もかからなくてちょうどいい。

お昼にはお隣のキャンパスに最近できたイタリアンにも行ってみたり。
こっちは校内の並木道を抜けて、立派なお家が立ち並ぶ街並みを眺めながら
ちょっとしたお散歩にもなって楽しい感じ。

ときどき、だけど、あまり時間もかけず、ちょっとしたアクセント。
留学中のみんなも帰ってきたら行こうねー☆

2008/11/16

espaces arts

卒論ソツロンそつろんって感じの毎日ではありますが、
けっこうのびのびとやってます。

寒い日でもタートルネックの上にマフラーしたりして、ポカポカにして出かけると幸せだし、
晴れた日は朝日を浴びるだけで元気になれるから、
外の空気が入るスペースはちゃんと心にはあるみたい。

とはいえときどき気分転換してリフレッシュすることも大切。
細々と続けてるオーケストラの練習もその1つだけど、
今週は練習がなかったこともあって違う予定を入れてみました☆

1つは仏文の講演会。
Jean-Philippe Toussaintという現代フランス作家がいるんだけど、
彼がときどき映画も撮っていて、
今回は文学と映画の「越境体験」みたいな話。

彼は前に駒場でnouveau romanについて講演してたのを聞いたことがあって面白かったし
今回は短編映画の上映もするというので興味を持ったのと、
もう1つ、彼の講演のときはよく、彼の作品の翻訳を手がけているN先生が
逐次通訳をされていて、それがなんとも「感動的な」通訳なので、それも楽しみに行ったわけです。

どれも期待を裏切らず、
久々に文芸の世界にどっぷり浸かって至福だったのですが、
中でも印象的だったのが、Toussaintが映画と小説の分野をきっぱりと分けたいと主張していたこと。
「無意識的な影響は避けられないにしても、相互のつながりはなるべく断ちたいと思っている」というのです。
ボードレールにおけるsynesthesie(共感覚)のような、領域横断的な呼応にハマる私としては、
けっこう意外な答えでした。
オケの中でソロ弾きをするな!みたいな感じなのか?笑

楽器ってソロで弾くか、室内楽で弾くか、オーケストラの中で弾くかによっても、
それからもちろん演奏する作曲家によっても弾き方は変わってくるわけですが・・・ときには意外な発見も。
というのは、教養学部学生選抜コンサート♪というのを聴いてきたのだけど、
モーツァルトのピアノソナタの演奏に予想外に感動させられたのです。
予想外に、というのは失礼ながら、モーツァルトはオケ曲は好きだけど、ピアノなんてーと思っていた節があって、だけど実は学科の先輩だけどなぜかまったく知らないMさんという人の演奏は、
こんなにやさしい弾き方があったんだ!という感じで、
モーツァルトの浄化作用がピアノから溢れてくる、という純粋な感動を覚えたのでした。
こんな感想を持ったのは私だけかもしれなくて、たまたまピンときたということなのかもしれないけど、
そういう演奏ができるって素敵なことだと思う。

で、私はというと、単純に室内楽やりたくて仕方なくなってしまった。

2008/11/05

RDC

RDCというのは、旧ベルギー領、コンゴ民主共和国のこと。首都キンサシャ。
ブラザビルを首都に持つ旧仏領コンゴ共和国と区別して、よくこの略称を使ったりします。
私がフランス語を習っていたネイティブスピーカーの先生が2人もここの出身の人だったこともあり、
なんとなく気になる、アフリカの真ん中にある大きな国。

世界がアメリカ大統領選一色の今、地球の反対側のこの地域は危機真っ只中なのを知っていますか?
ルワンダをはじめ、この地域情勢は本当に複雑で、ことの発端、といって説明しきれないのだけど、
Laurent Nkunda率いる反政府組織CNDP(National Congress for the Defence of the People)が、数日前からRDC東部のGoma地方を占拠していて、人々の生活状況は悪化、
難民も多数出ているし、(英外相Millibandによると160万人にものぼるとか)
コレラの発症も確認されているらしい。

NkundaはRDC内で少数派民族のTutsiが抑圧されていると訴えているのに対し
RDCの現大統領のJoseph KabilaはRwandaが反乱軍を支援していると非難。
といっても、Tutsiの名前でわかるように、この抗争はルワンダの虐殺、2回のコンゴ戦争とも関連しているわけで・・・。

先週末には、英仏外相がそろってRDCのキンサシャ、Rwandaのキガリ、
さらにはアフリカ連合のトップKikweteのいるタンザニアを訪れたり、
国連もオバサンジョ前ナイジェリア大統領を特任大使として任命したりして、
解決に向けての対策が重ねられているようですが、

話し合いに応じないというKabilaに対し、Nkundaはその場合はクーデターも辞さないという様子で、
事態は予断を許さない感じ。

仏外相Kouchnerは国連軍の増員の可能性を示唆していたけれど、
英仏をはじめとする先進国の利害が絡んでいることはルワンダの虐殺を見れば明らかで、
とても楽観的にはなれない。
Nkundaなんて、武器輸送をしたということで、国連の「制裁対象者」なんていう恐ろしいリストに載っちゃってて、
どうも「世界の悪者」的な感じらしい・・・けどその武器だってどこから来てるのやら。
ちなみに彼のモデルは「他国に支配された民衆に向かって外国からレジスタンスを呼びかける」あの人。ド・ゴールの“精神”(エスプリ)だというのがまた皮肉。
あとはルワンダの時と比べてアフリカ連合がどこまで発達しているかなのだろうか。。。
いずれにせよ、純粋に「人道的」などということは、果たしてあり得ることなのか、とか。

「日本では比較的無条件に肯定されがちな国際機関やNGOを、その活動がより身近で実用的と言われるヨーロッパで、別の視点から捉えなおす」などといって、フランスで見たものは、
何よりもNGOの政治性の強さだったかもしれない。